偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ヘルゼント邸の談話室も、白薔薇館同様に豪華な調度品で揃えられた立派なものだった。

対外的には女主人ということもあるのか、曲線を多く使った家具類や温かみのある色調で整えられていた白薔薇館に比べ、ここは主の人柄が表れた重厚な設えである。

背もたれに緻密な花の刺繍が施された布が張られた椅子にゆったりと腰掛けたラルドが、おもむろに長い脚を組み替えた。

「いや、驚きましたよ。ご機嫌伺いに館へ寄ってみれば、ティアはウチへ戻ったって言うし、フィリス様はいずこかへ雲隠れしたと聞かされたんですから。そのうえ、こちらへ着いた途端家令が慌てて飛び出してきて、王家の紋章の入った剣を携えた少年が、ティアと一緒にやって来たって言うじゃないですか。まさかと思いましたけど……」

「前置きが長い。さっさと終わらせろ」

饒舌をふるっていたラルドは、仏頂面のフィリスに遮られて肩を竦める。

「さて、どこから話せばいいのかな」

顎に指を添えて思案する彼の姿は、どこか楽しんでいるようにも見えた。

「どこからもなにも、ティアが聞きたいことはひとつだろう?」

窓際の壁に寄りかかり、ときおり稲光が走る空をガラス越しに眺めていたフィリスが物憂げに腕を組む。

この部屋の中で一番位の高い彼が立ったままでいるというのに、ラルドに勧められるがまま立派な椅子に座ってしまったという状況が、ティアにはどうにも落ち着かない。

浅く腰掛けた長椅子の端に寄り、怖ず怖ずと申し出た。

「あの……。フィリス様、こちらにお座りいただけませんか? もし隣がお嫌ということでしたら、あたしが立ちますから」

腰から裾に向かうにつれ広がっている服は、思ったより幅を取る。
この長椅子にふたりが並ぶのは、窮屈に思ったのかもしれない。だいたい王族と同じ椅子に座るということ自体が、あり得ないことなのだ。

大きなひとり掛けの椅子はラルドが当然のように使っている。
他にも椅子はあるが、極秘の会話をするには少々不都合な位置にあって、移動させるものどうかと思われた。
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