偽りの姫は安らかな眠りを所望する
立ち上がろうとしたティアを、フィリスが止める。

「そのままで構わない。別にそこが嫌だというわけではない」

彼女から不自然に視線を外して言うフィリスの耳に小さな含み笑いが届く。
彼はラルドを睨みつけてから、フンと鼻を鳴らし、ティアの横に腰を下ろした。ただし、可能な限り端に寄って。

フィリスの腰が落ち着いたのを見計らい、ラルドが茶で喉を湿らせる。
薄い磁器が高く澄んだ音を立てて置かれた。

「ティアが知りたいのは、王女……フィリス様が、なぜ性を偽っているのか、ということでいいね?」

あらためて問われ、躊躇いながらもティアは慎重に頷いてから確認しておく。

「ですが、無理にとは言いません。気にはなりますけど……」

一瞬だけ隣に視線を向け、再び膝の上で重ねた両手に戻した。

「とくにもったいぶるようなことでもないだろう。理由は至って単純だ」

自嘲の笑みを浮かべたフィリスの表情と淡々とした声音は、氷のように冴え渡る。続いた言葉はさらにティアの心臓を凍りつかせた。

「もし偽らずにいたのなら、今、私はここはいない。アイリーン王妃の手によって、殺されていただろうからな」

事もなげに告げられた内容は、ティアの想像の範囲を大きく外れたもので言葉を失う。
指先が冷たくなり、カタカタと小刻みに震え始めていた。

向かいに座るラルドが煩わしそうに髪をかき上げ嘆息をもらし、歯に衣着せぬフィリスを窘める。

「姫様? 申し訳ありませんが、もう少し穏やかな物言いをお願いできませんでしょうか」

「どう言い繕ったところで、意味は変わらない」

にべもなく言い放つフィリスに、ラルドは大袈裟に天井を仰ぐ。

「ああ。姫に、女の子の繊細な心を理解していただこうとした僕が間違っていましたね。しかたがありません。ここからはどうぞ、その花びらのように可憐なお口を閉じていてください」

「なにをっ!?」

途端に冷めた表情を変え、前のめりになり突っかかるフィリスへ向け、ラルドが自分の唇の前に人差し指を立てた。

「お静かに、とお願いしましたよ?」

軽くあしらわれて、フィリスは浮かしかけていた腰をどさりと落として肘掛けに頬杖をつくと、ティアとは反対側に顔を背けてしまう。

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