偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ムッと口を結んだ彼に、ラルドが満足げに口角を持ち上げティアに向き直る。

「そうだな……。ティアは、昨年亡くなられた王妃の出自を知ってる?」

穏やかなラルドの声で、衝撃に固まっていたティアの思考が徐々に巡り始める。
使用人仲間から聞いた世間話の記憶を手繰り、微かに引っかかった家名を口にした。

「たしか、ブランドル侯爵家だったかと」

ラルドが「正解」と目元を緩めるたのでホッとする。

「そのブランドル家と我がヘルゼント家は、何代も前から仲が悪くてね。爵位でいえばあっちの方が上とはいえ、財力も人望もウチの方がずっとあるのに、なにかと張り合おうとするんだから困ったものさ」

「そうなんですか」

「向こうは古いだけが自慢なんだ。三年前に代替わりしたんだけど、先代当主は樽みたいな体型の不細工だったし、当代は浪費家の女好きで……」

愉快そうに悪口を連ねるラルドを、切りがないとみたフィリスがそっぽを向いたまま咳払いで止めさせた。

「ああ、失礼。つい、ね」

ラルドは戸惑うティアにふわりと微笑みかけ、好青年へと戻っていく。

「今の陛下が即位した二十年ほど前から話をしなければならないんだけど、いいかな?」

長丁場になると腹を決めたティアは、頷いて了承し姿勢を正した。

「ギルバート国王は王太子時代には正式なご結婚をされていなくて、即位を機に妻帯することになってね。そこで、ちょうど良い年頃の娘がいる当家とブランドル家、どちらかからということになったのだけれど……」

「え? ちょっと待ってください。伯爵様にお嬢様がいらしたんですか!?」

失礼なのは承知で話を遮ってしまう。ラルドは一人っ子ではなかったというのか。そんな話はいままで聞いたことがない。
ティアは不審に思うが、彼は目だけで制して話を続けた。

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