偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「夜分にご無理をお願いして申し訳ございません」

身支度を整え部屋へやって来たオルトンに、ロザリーは丁重に腰を屈める。
背に垂らしたままの白金の髪がさらりと揺れ、透き通るように白い顔を一瞬だけ隠した。

「いや。まずは、おかけなさい。王都には今着いたのかね? 長旅で疲れただろう」

ミスル湖畔に建つ彼女の屋敷からここまで、馬を飛ばしても丸三日はかかる。馬車で来たのならさらに数日増えるはず。か弱い女の身にはさぞや応えたはずだ。

できることなら今宵は宿泊を勧めて、話は明日にでもゆっくり、と言いたいところなのだが、オルトンとしては、唯一の可能性を辿れるかもしれない機会を先延ばしする余裕はなかった。
それにロザリーの血の気が失せた表情からも、切羽詰まるものを感じる。

たとえ若い娘と密室でふたりきりになるには不謹慎な時刻だとしても、オルトンは彼女と面会をせずにはいられなかった。

彼女のためにカーラが用意した茶は、手を付けられないまますっかり冷めてしまっている。
替えを命じようとしたオルトンを、ロザリーは小さく首を横に振って断った。そのまま紅い唇を開く。

「十日ほど前のことです。ルエラがわたくしの家を訪ねてきました」

いきなり核心を突かれ、オルトンがガタンと椅子を揺らして立ち上がる。
その音に驚いたロザリーが、怯えたように瞳を揺らした。

「すまない。……で、ルエラはなにか言ってなかったか? これからその……どこかへ向かう、など。あるいは誰かと一緒ではなかったか?」

逸る気持ちを抑え動揺を隠して話そうとするが、上手くいかない。
目の前にいる娘と変わらぬ年齢のロザリーの顔が、疲労感を滲ませてもなお美しすぎるのもひとつの原因か。
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