偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ベイズ家の領地にあるミスル湖には、湖面に映った満月から生まれた精霊の伝説がある。
もし彼女がそうだと言われれば素直に納得してしまいそうな儚さを感じる美貌に、オルトンは年甲斐もなくごくりと生唾を呑み込んだ。
「申し訳ありませんが、伯爵様のご期待に添えるような答えは持っておりません」
月の光が音を持っていたらこんなだろう。静かだが凜とした声に、オルトンは我を取り戻す。
「そ、そうか。ならば、なんの用があって娘は、貴女のところへ?」
やや気落ちした声で椅子に沈み込む。ようやく掴んだと思えた手掛かりが、するりと手の中から消えてしまった気分だった。
「ルエラが……。彼女は、わたくしにこう言い置いていきました」
伏せられていた長く濃い睫毛が縁取る瞼が持ち上げられ、潤んだ菫色の瞳が真っ直ぐにオルトンを見据える。その佇まいに気圧され、知らず識らずのうちにオルトンの背筋が伸びていた。
「ベイズ家のことはお父様に任せれば良い、と」
「……なっ!?」
いきなりのことに驚くオルトンの前で、音もなく立ち上がったロザリーは深々と頭を垂れる。
「このようなことをお願いできる立場ではないことは分っております。ですが、ヘルゼント伯爵様を頼ることが最良だと、彼女が教えてくれたのです。どうかベイズを、あの家と弟を守ってやってください! そのためにわたくしでできることがあるのでしたら、なんでもいたします。どうか……」
華奢な肩を震わせで頭を下げ続けるロザリーに困惑しつつ、打算がオルトンの頭の中で素早く働いていた。
もし彼女がそうだと言われれば素直に納得してしまいそうな儚さを感じる美貌に、オルトンは年甲斐もなくごくりと生唾を呑み込んだ。
「申し訳ありませんが、伯爵様のご期待に添えるような答えは持っておりません」
月の光が音を持っていたらこんなだろう。静かだが凜とした声に、オルトンは我を取り戻す。
「そ、そうか。ならば、なんの用があって娘は、貴女のところへ?」
やや気落ちした声で椅子に沈み込む。ようやく掴んだと思えた手掛かりが、するりと手の中から消えてしまった気分だった。
「ルエラが……。彼女は、わたくしにこう言い置いていきました」
伏せられていた長く濃い睫毛が縁取る瞼が持ち上げられ、潤んだ菫色の瞳が真っ直ぐにオルトンを見据える。その佇まいに気圧され、知らず識らずのうちにオルトンの背筋が伸びていた。
「ベイズ家のことはお父様に任せれば良い、と」
「……なっ!?」
いきなりのことに驚くオルトンの前で、音もなく立ち上がったロザリーは深々と頭を垂れる。
「このようなことをお願いできる立場ではないことは分っております。ですが、ヘルゼント伯爵様を頼ることが最良だと、彼女が教えてくれたのです。どうかベイズを、あの家と弟を守ってやってください! そのためにわたくしでできることがあるのでしたら、なんでもいたします。どうか……」
華奢な肩を震わせで頭を下げ続けるロザリーに困惑しつつ、打算がオルトンの頭の中で素早く働いていた。