偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* 白亜の館と碧い湖
* 白亜の館と碧い湖

荷馬車の馭者席から見えた光景に、ティアは歓声を堪えきれなかった。
初夏の晴天を映す湖面は、波も立たずにどこまでも澄んでいる。
湖畔の木々は、目が覚めるような新緑に萌えていた。

やがて正面に姿を現した白亜の館、通称白薔薇館が目的地である。

「本当にここまででいいのかい?」

「ありがとう、ヘンリーさん。大丈夫です。少し歩いてみたいので」

「そうかい。身体には気をつけるんだよ。畑のことは任せておけ。心配すんな」

「はい。よろしくお願いします」

来た道を馬車で引き返していくヘンリーの後ろ姿に、手を振って別れを告げた。

ティアの手持ちの荷物は、小さな鞄一つだけ。
必要になりそうな乾燥させた香草や精油などの道具は、先に運んでもらってある。
足りなければヘンリーに連絡して、伯爵の屋敷の畑から採ってきてもらうか、もしくは現地調達すればいい。

その下調べも兼ねて轍のある道から外れ、ミスル湖の方まで足を伸ばしてみる。
普段気にも留めないような道ばたの草が、実は貴重な香草だったなんてことはよくある話だ。
そんなことをティアに教えてくれたのは、やはり去年亡くなった祖母である。

彼女は、ヘルゼント伯の屋敷に仕える、香草や香りを使って人々の心身の病を治す『香薬師』だった。
その膨大な知識のすべてを、ティアは八歳のときから教え込まれていた。

それまでの彼女は祖母の存在さえ知らず、クレトリアの隣接する国、サランに両親と暮らしていた。
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