偽りの姫は安らかな眠りを所望する
あとこの家で金になるものはこの身だけ。
できることなら弟に人並みの生活と教育を受けさせ、代々守ってきたこの土地と思い出の残る屋敷は残してあげたい。
絶望で麻痺した頭で考えられた案はそのくらいだった。

幸か不幸か、ロザリーの美しさと悲惨な現状を人伝に聞いた貴族や豪商から、援助の申し出がいくつもきている。
もちろんただではない。彼らの望みは、妻や愛妾としてロザリーを迎えることだ。

その中から、十分な財力があり、なおかつ弟が一人前になるまで安心して領地を任せられる人物を、となると選ぶのも難しい。
そんな利己的な考えで届けられた書状を選り分けている自分が情けなくて、堪らずに落とした涙が文字を滲ませる。

幼馴染みであるヘルゼント家のルエラが彼女を突然訪ねてきたのは、そんなときだった。

彼女の置かれた現状を知ったルエラは、空色の眼を丸くして驚く。どうしてもっと早くに相談してくれなかったのかと、責められもした。

それからロザリーの冷え切った手を握って言ったのだ。

『大丈夫。お父様にお願いすれば、きっとこれ以上悪いようにはならないわ。これが私からする最後の頼みだといえば、きっと力になってくれるはず』

 *

「そんなことが……?」

領地を接するベイズ家の困窮は噂で聞いていたが、そこまで酷いことになっているとは思わなかった。
オルトンは、彼女がこの細い身体に背負った重荷を想像し痛ましげに目を細める。

幼い頃から本当の姉妹のように仲の良かった親友の窮地を救いたいという、娘の心境も十分理解できた。だが、それとこれとは話が違う。

オルトンとて、その背にはヘルゼント家を維持繁栄させていくという、重大な使命を負っているのだ。それこそ無条件で手を差し伸べるわけにはいかない。

「身勝手なお願いであることは重々承知しております」

オルトンは自らも立ち上がり、重ねて頭を下げるロザリーの肩に骨張った手を乗せる。

「事情はよくわかったから、顔を上げなさい」

頼もしい声で言われて目線をあげたロザリーの細い顎先を、オルトンが掴む。
冷ややかに見下ろせば、束の間、紫色の瞳に浮かんでいた喜色が瞬く間に不安に変わっていった。

「……伯爵さま?」

「なんでもすると言った、その言葉に偽りはないな」

宝石のような大きい瞳が忙しなく左右に揺れる。
だが、一度瞼を閉じてからゆっくりと開かれたそこには、もう迷いはない。

「はい、ございません」

しっかりと届いた返答に、オルトンは満足げに口の端を吊り上げた。
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