偽りの姫は安らかな眠りを所望する
産声を上げることのできない我が子に、ロザリーは不安を隠せない。
土気色をした小さな赤子を、カーラが逆さにして背を叩いたり擦ったりして刺激していた。

するとやっとのことで弱々しく泣き始めた。血の気が通い始めた頬に、一時だけ安堵の空気に包まれた後、緊張が走る。

天幕で仕切られた産室の向こう側から声がかけられたのだ。

「おめでとうございます、ロザリー様。して、御子様は?」

カーラが絹布にくるんだ赤ん坊を抱いて幕をくぐる。

「姫様でございました。産み月よりかなり早くお産まれですので、ご覧の通りお身体も小さくまだまだ油断ができません。皆様には、お祝いのご面会をお控えいただきますようお伝えくださいませ」

赤ん坊の顔を覗きこんだ侍従が、ハッと息を呑む音が聞こえた。それほどに産まれた子は儚げだったのだ。
もしかしたらこのまま育たないかもしれない。そんな思いが彼の脳裏をよぎったのか、神妙に頷く。

「承知しました」

下がろうとする侍従をカーラが今一度呼び止める。

「それから。ロザリー様も大変お疲れです。どうかお気遣いいただきますよう……」

彼がもう一度頷いて退室していくと、張り詰めていた気が緩み、ロザリーの視界が暗くなりかける。それを必死で堪え、戻ってきたカーラから我が子を受け取った。
赤みが差してきた頬にそっと触れると、指先に確かな体温を感じて青白い頬を涙が伝い落ちていく。

「本当にこれでよろしいのですか?」

心配するカーラに薄い微笑みを返す。か弱い命を守るため、こうしなければならないのだ。

「ええ。あなたたちには、迷惑をかけないようにしますから」

ここにいるのは、ヘルゼント家から送られた侍女や産婆たち。主の不利になるようなことは公言しないだろう。

「あとは、陛下と、伯爵にお願い、を……」

どうにか意識を保とうするが限界だった。再び赤ん坊を受け取ったカーラに、横になるように促される。

「少しお休みくださいませ。殿下は私が責任を持ってお世話させていただきますから」

彼女の言葉を最後まで聞き届けることなく、ロザリーの意識は深い闇の底へと落ちていった。

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