偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「この子は、城ではなくわたくしの故郷にある屋敷で育てたいのです。お許し願えますでしょうか」

「どういうことだ?」

突然の申し出に国王は首をひねり、理由を問う。

「取りあげた産婆が言うには、早く産まれてしまった子は、この先丈夫に育たないかもしれないそうなのです。ならば、冬の寒さが厳しい王都よりも、季候も良いあちらでのんびりとした生活を送らせてあげたい、そう思ったのです」

ロザリーは用意していた答えを澱むことなく言い切った。半分以上は本心からでもある。
大人でも息が詰まりそうなこの場所より、あの地の方がずっと健康的な心身が育まれるに違いない。

「世継ぎとなる王子ならばそれも叶いませんでしょうが、この子は姫です。ただ健やかに育ってくれるのでしたら、わたくしはそれ以上を望みません。どうかお許しを」

頭を下げるロザリーの横で、ギシッと寝台が沈んだ。腰掛けた国王が顎に指先をかけて顔を上げさせる。

「そなたは……。ロザリーは、当然ここに残ってくれるのだろうな?」

「それはお許しくださいま……!?」

言いかけた言葉ごとロザリーの唇が塞がれた。荒々しく口内を貪られ、息継ぎもままならない状況に、精一杯の力を込め国王の胸板を折れそうな細い腕で押し返す。
だが、少しも緩められることなく深みを増すばかりの口づけに、ロザリーの気が遠くなりかけたときだった。

それまで静かに眠っていた赤ん坊が身動ぎを始めたかと思うと、次の瞬間火が点いたように泣き出す。
その声の大きさに怯んだ王の口からようやく解放されたロザリーが、むずかる赤子を抱き上げようとした手首を、またもや王に捉えられてしまう。

「ならん。そなたがこの城から、私から離れることは許さない」

「ですが、陛下。それではこの子がっ!」

泣き続ける子に気を取られながらも必死に訴える。
このまま城にいれば命の保証がない、などとは言えるはずもなく。

国王にすがり付いてひたすらに懇願し続ける彼女の背に、腕が回され胸の中に収められた。

「姫には選りすぐりの乳母を付けよう。必要とあらば医師や薬師も。なに不自由のないよう、十分なものを与える。だが――」

腰骨が折れるかと思うほど、国王は腕に力を入れてロザリーを抱き締める。

「ロザリーがついて行くことは、断じて許さない」

甘い香りの残る滑らかな髪に顔を埋めた王に胸の内を絞りだすような声で命じられ、ロザリーは嗚咽を堪えるために唇を強く噛み締めていた。
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