偽りの姫は安らかな眠りを所望する
誕生から十日ほど経ち、少しの時間なら起き上がれるまでに体調が回復したロザリーは、オルトンを私室に呼びつけた。
本来なら国王の愛妾を訪れるには煩雑な手順が必要となるのだが、後見人でもある彼には、祝いと見舞いという名目がある。
さほど不審がられることもなく面会が適った。

「今、なんと?」

滅多に人前では平静を崩さないことで有名なヘルゼント伯が、珍しく動揺の表情を見せる。

柔らかな陽差しが差し込む室内に視線を巡らし、腹心の者以外がいないことを確認するが、それでも声を潜めずにはいられないようで、椅子から身を乗り出していた。

「この子は男子です」

ゆりかごの中で眠る小さな手に触れながら、ロザリーは今一度事実を告げる。

「ならばそのお子様は、れっきとした御嫡男ではありませんか。ロザリー様も王妃となられるはず。なぜそのような偽りを?」

伯爵が苛立つのも無理はない。そのためにロザリーを王に差し出したのだから。

産まれる子の性別など天が決めるものである。だからこそ、オルトンは姫君だと聞かされても落胆こそすれ、ロザリーを責めることをしなかった。

だが男子を、それもアイリーン妃より先に産んでいたとなれば、話は大きく変わってくる。
みすみすとブランドル家を出し抜く機会を逃すわけにはいかないと考えるのも当然なのだ。

ロザリーが今こうして十分すぎるほど贅沢な暮らしをさせてもらっているのは、伯爵の尽力あってのことだと重々理解している。

控えていたカーラに非難を込めた険しい眼を向けるオルトンに、彼女は謝罪と説明をする。

「カーラたちに非はありません。わたくしの一存で決め、無理に協力をお願いしたのです。ですから、お怒りはわたくしへ」

自分のしようとしていることが、最善の策だという確証はない。だが、なんの力も持たないロザリーが、この子を守るためにできることは限られている。

彼女には、この方法しか思いつかなかった。

「このままここにいては、いずれこの子もわたくしも……死んでしまいます」
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