偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「まさかっ!?」

大声を出したオルトンが慌てて口を噤む。先ほど確認したばかりの扉に再度眼を向け、しっかりと閉じられていることに胸をなで下ろした。

「ロザリー様がこちらに来られて以来、お身の回りにおかしなことが続いておりました。ご懐妊が公になってからそれはさらに頻繁になっていきました」

主たちの会話が落ち着く頃合いを見ていたカーラが猫足の丸机に茶を置くと、胸に溜まっていたものを吐き出すように話し出す。

「食事に異物が混じっていたり、階段で誰かに背を押されたりなどは序の口。毎日飲んでいらっしゃる香茶の配合が、いつの間にか害のあるものに変わっていたこともあります」

カップに手をかけようとしていた伯爵がぎょっとして引っ込めると、出産前に領地の屋敷からカーラに呼ばれてきていた香薬師のマールが、安全を保証する。

「そちらの茶は私が持参したものです。ご安心を」

言われてオルトンが恐る恐る口を付けると、長年親しんだ懐かしい香りが鼻腔に抜ける。

「通常は人の益となる香草や精油でも、妊娠中に使用すると害をなすものがございます。場合によっては、子が流れてしまったり、それにより母体にも悪影響を及ぼす危険も伴います。ですので、配合にはより気を配らなければなりません」

ロザリーが使用している香茶は精油などは、彼女の体調をカーラから詳細な連絡を受けたマールが調合して送っていた。もちろん、安全には十分すぎるほどの配慮がされている。
そのはずなのに子ができてからのロザリーは、どんどん体調を崩していく一方だった。
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