偽りの姫は安らかな眠りを所望する
仮に悪阻だとしても酷すぎる。このままでは母子ともに危険なのでは。
そう、カーラが思い始めていたある日、就寝時に寝室で焚く香りが微妙に変わっていることに気がつく。

知らせを受けたマールが大慌てで王都へやって来て確かめると、案の定、自分の配合と変わっていると指摘し眉を曇らせたのだ。

「とても巧妙に替えられていました。即効性はなくとも、あのまま継続して使用していたら、無事にお産まれになっていたかどうか……」

そのうえ、衰弱した身体での出産は危険が多い。
現にマールがすべての香茶や精油などの配合をあらため、母子に負担をかけずに身体に溜まった毒素を排出させようと試みたが間に合わず。その結果が、ひと月以上も早いお産へと繋がってしまった。

「なにゆえに黙っていらした? 心当たりなど、ただひとつだけでしょうに」

低い唸り声で責めるオルトンに、ロザリーは静かに諦念の笑みを浮かべる。

「確たる証拠がありませんでした。輸送の途中ですり替えられたものか、城内でのことなのか。そこで、無理を頼んでマールには城に留まってもらい、侍女たちは伯爵にお願いして、信頼できる者に替えていただいたのです」

出産を控え情緒が不安定になっているので、ロザリーも昔馴染みであるヘルゼント邸から気心の知れた侍女を送って欲しい。そう彼女から頼まれたことを思い出したオルトンは、事態を察することができなかった己を恨めしく感じ、ますます苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。

「もしこれからもそのようなことが続くようなら、未熟な赤子の身体がそれに耐えられるとは思えません。そこでカーラたちにお願いしたのです。たとえ男児が産まれても姫だと偽るように、と」

王位継承権のない女子なら、あちらも相手にはしないだろう。ロザリーが考え抜いた末の苦肉の策だった。
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