偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「そのようなごまかしが、いつまでも続けられるとは思いません」

周囲がいくら注意しても、偽れる期間はそれほど長くはないだろう。先に産まれたロザリーの子が男子だと知られれば、ブランドルはより執拗に狙ってくるに違いない。
伯爵の懸念はもっともだった。

「この子は今後、オルトン様にお預かりいただいているミスル湖畔の屋敷で育てることを、陛下に了承していただきました」

先日の国王とのやり取りを話すと、オルトンは深くため息を吐き出す。

「それにしても、一生屋敷に閉じ込めて置くわけにはいきますまい。大きくなられれば、御子様ご本人が、置かれた状況を疑問に思うはず」

少しも考えを変えるようすのないロザリーに、オルトンも必死で食い下がってきた。
なんといっても事実上は、王位継承権第一位の男子である。ヘルゼント家としては、是が非でもこの赤ん坊に王位を継いでもらいたいと思っているだろう。

それはロザリーも嫌というほど理解している。受けた恩を仇で返すわけにはいかなかった。

「ですので、この子が自分の身を自分で守れるようになるまででいいのです。心身共に十分に成長した後は、伯爵様に彼の将来をお任せいたします。それまでの間は、静かにのびのびと過ごさせてあげたいと思う母心を、どうかお察しください」

悲壮な面持ちのロザリーから決意を聞き、オルトンは戸惑いを露わにする。

「しかし、貴女はそれでよろしいのですか? 産まれたばかりの我が子と遠く離れて暮らすなど」

「陛下がお許しくださらないのではしかたがありません。その代わり、この子に付ける人選は任せていただけました。カーラとダグラスには、わたくしからすでにお願いしております。オルトン様、信の置ける者たちを選んでいただけますでしょうか」

ロザリーをひとり城の残していくことに難色を示したが、最終的にはふたりとも承諾してくれた。彼女らがついていてくれるのなら、安心して送り出せる。

すべてをヘルゼント伯爵たちに託したロザリーは満足げに微笑み、穏やかな寝息で眠る我が子の柔らかく小さな手を、いつまでも己の両手で包んでいた。
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