偽りの姫は安らかな眠りを所望する
 * * *

話に一区切りをつけたラルドが、冷たくなった茶を再び喉に流しこむ。
こくり、と喉を通る音がいやにティアの耳に残った。

「父も、あの状況で実は男だったと明かすことは得策じゃないと納得したらしい。後宮で起こることに、こちらからはおいそれと口も手も出せない。せっかくの跡取り候補が殺されてしまっては、元も子もないからね」

「殺すって、本当にそんなことが?」

ラルドは物騒なことを事もなげに言うが、人の命が軽くなってしまうほど地位というものは大切なのだろうか。ティアには全く理解できずにいた。

「別に珍しい話ではない。どの時代でも、どこの国の王家にも起こっている。玉座を巡る争いに関わり命を落とすことなどよくあること。実際、私の母も殺されたようなものだ」

今まで、言いつけを守ってひと言も口を挟まずにいたフィリスの吐き捨てるように言った言葉が、さらに衝撃を与える。

「お母様が……殺された?」

喉が張り付いてしまったように、ティアはうまく声が出せない。なのに、ラルドが平然とそれを肯定してしまう。

「アイリーン様は王子を産んで晴れて王妃になったし、これで自分が勝ったと思ったろうね。でも皮肉にもそのことによって、完璧にギルバート王には見向きもされなくなってしまったんだ。もう彼女の役目は終わり。正妃の座を得たのだから不満はないだろうとばかりに、王はロザリー様への寵愛を深めていった。王妃という政治的な地位は手に入れても、女としての愛情は与えられなかった、というところかな」

「ない物ねだりなヤツばかりだ」

フィリスが鼻を鳴らす。薄い唇が微かに歪んだ表情は、作り物のように冷めきっていた。

「このままでは、ロザリー様が次に男子を産むかもしれない。そうしたら、第一王子を差し置いて、その子を王太子としてしまうかもと疑心暗鬼になったアイリーン様は、性懲りも無くまたロザリー様を狙ったんだ」

くらりと目眩がした。
彼が話していることは、現実に起きたことなのだろうか。伝承や物語の中の出来事なのではないか。
そうだったらよかったのに。
ティアは心の底からそう思った。

だがフィリスの表情から一切の感情が消えたことが、逆に真実だと物語っている。
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