偽りの姫は安らかな眠りを所望する
10年前。

たちの悪い疫病が流行り、ティア親子の住む村もその猛威に脅かされた。
次々と近所の人たちが病に倒れ、この世を去っていくのを、子どものティアはただ震えて見守ることしかできず。
ついに、父が。続いて母までもが、見えない悪魔に連れ去られてしまった。

幼いティアは頼れる身内もなく途方に暮れ、泣き暮らしていたある日。
マールと名乗る母方の祖母だという老女が、村まで迎えにやって来た。
母親から祖母はおろか、自分たち以外の家族の存在など聞いたことがなかったティアは、始めは半信半疑だった。

だけど、子どものときの母の話。母の食べ物の好み。母の口癖。
本当に親しい者しか知らない母のことを、懐かしそうに話し、涙を流した姿を見てしまったら、もう信じるしかなく。

それからは祖母と一緒にヘルゼント伯の屋敷に置いてもらい、彼女の手伝いをして過ごした。
そんな祖母も去年の暮れに老いからくる病で亡くなり、ティアは本当の独りっきりになったのだ。

唯一の居場所だと思っていたお屋敷から出されてしまうなんて。

ラルドたちにとって自分はいらない存在だったのか、と落ち込みそうになった頭を振って、後ろ向きになりかけた思考を追い出す。

伯爵たちは、王女と家の命運をティアに預けてくれたのだ。

そう思い直せば、重大な責任を負ったことへの不安に、今度は身体が震え出す。
鳥肌がたった身体を両腕で抱きしめた。

「おまえ、誰だ?」

不意に上空から振ってきた声と数枚の緑色の葉っぱに、びくりと肩を揺らす。

そっちこそ、誰っ!?

ティアが驚いて仰ぎ見れば、木の枝に腰掛け足をぶらぶらとさせる少年がいた。
彼女を怪訝に見下ろす彼と目が逢う。
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