偽りの姫は安らかな眠りを所望する
人はどこまで貪欲になれるのだろう。
ひとつを手に入れてしまうと、それを失うことを恐れ、さらにそれ以上を欲しようとする。
人間の強欲さに身震いしたティアは、己を抱き締めた。
「産後の肥立ちが悪く、お子様を手放してからは体調を崩されることも多かったロザリー様を、アイリーン王妃は心身共に追い詰めた。直接の死因は胸の発作という見立てだったけど、あれはきっと幾つもの原因が重なった結果だろうね」
母親の死について語られているというのに、フィリスは他人事のように淡々と聞いている。
あまりにも母子の接点が希薄すぎて、実感がわかずにいるのかもしれない。
そう慮ると、ティアの顔はますます曇っていく。
「王都から母の死の知らせが届いたのは三歳の冬。私の中にある唯一の彼女の記憶は、棺の中で眠っている姿だ」
ラルドの話を引き継いだフィリスが、細めた虚ろな目で宙を見つめて呟いた。その瞳に映るのは、今は亡き母親なのだろうか。
固く閉ざされ二度と開かれない瞼。ゾッとするほど冷たくなった手。もう名を呼んでくれることのない生気の失われた唇。
ティアも両親の質素な葬儀を思い出し、キュッと痛んだ胸元を掴む。
幼い心に鮮烈な印象を刻みつけた父母の姿は、今もふとした拍子に脳裏に浮かぶ。
伝染性のある病だったため、祖母のときのように手を握り看取ることもできず、すがり付いて最期の別れを惜しむことさえ周りの大人に止められて。
あのとき子どもだったティアには、どうすることもできなかった。もう、あんな思いはしたくない。
「……けど。ティア? 聞いてる?」
「あっ、はい。すみません」
いつの間にか、フィリスの身の上を自分のものと混同していたことが恥ずかしくなる。彼の方がずっと辛い思いをしたはずだなのだから。
シワが寄ってしまった服を整えるふりをして呼吸を整えた。
「そんな理由で、ヘルゼント家はフィリス様を王女としてあの館でお守り……じゃない、お守りしていた、ということ。わかったかな?」
フィリスは第一王子として産まれながらも、命の危険があったために性別を偽り、王都から離れたこの地に匿われていた。
いままでの話は理解できた。では、これからの彼はどうなるのだろう。
ティアの疑問を見透かしたようにラルドが立ち上がり、部屋の隅からなにかを取ってきた。
それをフィリスの前に置く。
ひとつを手に入れてしまうと、それを失うことを恐れ、さらにそれ以上を欲しようとする。
人間の強欲さに身震いしたティアは、己を抱き締めた。
「産後の肥立ちが悪く、お子様を手放してからは体調を崩されることも多かったロザリー様を、アイリーン王妃は心身共に追い詰めた。直接の死因は胸の発作という見立てだったけど、あれはきっと幾つもの原因が重なった結果だろうね」
母親の死について語られているというのに、フィリスは他人事のように淡々と聞いている。
あまりにも母子の接点が希薄すぎて、実感がわかずにいるのかもしれない。
そう慮ると、ティアの顔はますます曇っていく。
「王都から母の死の知らせが届いたのは三歳の冬。私の中にある唯一の彼女の記憶は、棺の中で眠っている姿だ」
ラルドの話を引き継いだフィリスが、細めた虚ろな目で宙を見つめて呟いた。その瞳に映るのは、今は亡き母親なのだろうか。
固く閉ざされ二度と開かれない瞼。ゾッとするほど冷たくなった手。もう名を呼んでくれることのない生気の失われた唇。
ティアも両親の質素な葬儀を思い出し、キュッと痛んだ胸元を掴む。
幼い心に鮮烈な印象を刻みつけた父母の姿は、今もふとした拍子に脳裏に浮かぶ。
伝染性のある病だったため、祖母のときのように手を握り看取ることもできず、すがり付いて最期の別れを惜しむことさえ周りの大人に止められて。
あのとき子どもだったティアには、どうすることもできなかった。もう、あんな思いはしたくない。
「……けど。ティア? 聞いてる?」
「あっ、はい。すみません」
いつの間にか、フィリスの身の上を自分のものと混同していたことが恥ずかしくなる。彼の方がずっと辛い思いをしたはずだなのだから。
シワが寄ってしまった服を整えるふりをして呼吸を整えた。
「そんな理由で、ヘルゼント家はフィリス様を王女としてあの館でお守り……じゃない、お守りしていた、ということ。わかったかな?」
フィリスは第一王子として産まれながらも、命の危険があったために性別を偽り、王都から離れたこの地に匿われていた。
いままでの話は理解できた。では、これからの彼はどうなるのだろう。
ティアの疑問を見透かしたようにラルドが立ち上がり、部屋の隅からなにかを取ってきた。
それをフィリスの前に置く。