偽りの姫は安らかな眠りを所望する
丸められた羊皮紙には封蝋がしてある。そこに施された印影を見てフィリスが眉根を寄せた。

「国王陛下からの招集状です。十八歳になられるイアン王子の誕生祝いと……正式な王太子としてお披露目の祝賀会に出席するようにと」

ラルドの説明を聞き、フィリスは封も開けずに机の上を滑らせて押し返す。

「いつも通り、欠席でいいだろう。王妃の葬儀のときと同じように、体調不良とでも言っておけ」

話は済んだとばかりに腰を上げようとしたフィリスへ、ラルドがもう一度書状を押しつけた。

「そうはいかないんです、姫様。このままだと、他国へ嫁ぐことになりますよ?」

「その話は断ったのではなかったのか? おまえの嫁になれば、すべてが丸く収まるんだろう?」

「だって先日、それはお嫌だと仰っていたじゃありませんか」

ふたりの会話についていけず、ティアは頭を抱える。
姫のはずのフィリスが王子で、その彼がよその国へのお嫁入りを断ってラルドの妻に?

「三年前でしたか? 建国二百年の祝典に出席なされた際、お美しい姫に一目惚れした隣国の王子様がいましてね。そろそろ年頃だろうから嫁にくれ、と国使を立ててきたんですよ」

「断れっ!! そいつの目は腐っている」

フィリスは目くじらを立てて立腹するが、、白薔薇館で初めて目通りしたときを思い出すと、ティアはその王子の気持ちもわかるような気がする。

同性の……というのは、今となっては複雑だが、ティアでも、顔貌の美しさだけでなく立ち居振る舞いを含むすべてに見とれてしまうほど、優雅さと気品に溢れていた。

こうして本来の姿に戻った当人を目の前にしても、あれが男性だったとにわかには信じられずにいる。
きっと十五歳のフィリスは、あどけなさを残す儚げな美少女に見えたことだろう。勘違いしたとしても無理はない。

「でしたらフィリス様、ご自分でお断りになってください。どうしても僕と結婚したいからって懇願なされば、陛下も許してくださるかもしれませんよ?」

「なんだ、それはっ!」

フィリスはさっきまでの無表情が嘘のように紅潮させ、ふるふると握った拳を振るわせる。

どうしてもと請われてしかたなく式典に彼が顔を出したのは、ほんの僅かの時間だった。
すぐに体調が優れないと退席したはずが、こんなことになるとは露ほども考えなかったらしい。
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