偽りの姫は安らかな眠りを所望する
フィリスがぶつぶつと恨み言を並べていると、ラルドの表情が真剣なものに変わる。

「もう、あの城にあなたを脅かす者はおりません。ブランドル家と我が家の力関係が拮抗していたのは、数年前までのこと。アイリーン王妃が身罷られた今、真実をあきらかにすることを、なにゆえに躊躇われるのでしょう?」

ブランドル家の先代は狡猾な男だったが、決して無能ではなかった。
ところが、跡を継いだ現侯爵は父親の背中を見て学ぶ、ということを一切しなかったらしい。
生まれ落ちたときから与えられていた権力と財力を垂れ流し、代わりに大量の汚名と醜聞を手に入れる。

とうに国王の寵愛など失っていたアイリーン妃の生んだイアン王子だけが、辛うじてブランドル家の命綱となっているというのが現状だ。

今ヘルゼント家がフィリスを擁立すれば、ほぼ確定している王太子の地位さえ覆すことが可能だろう。そして伯爵たちも当然それを望んでいる。
そんなことはフィリスにもよくわかっているが、話はそう簡単なものではないはずだ。

「……娘が突然男になって現れたところで、誰が信じる」

フィリスが登城したのは、十八年余りの間で数えるほどしかない。身体が弱いという大義名分があったため、疑惑の目を向けられることもなく今日まで過ごしてきた。

三年前に城に現れた可憐な王女と、背も伸び声も低くなった現在の彼とが、同一人物だという証拠をどう示すというのか。

フィリスの方が正論を言っているようにも聞こえるが、それをラルドは一笑に付す。

「フィリス様が陛下の御子である証拠は、ちゃんとお手元にお持ちじゃないですか。今日もそれを使われましたよね?」

思い当たる節があるフィリスが、無意識に今は空いている腰に手をやる。

「あの剣はあなたが城を出る際、ロザリー様がお願いして国王陛下から贈られたものだそうです」

王家の紋が入った剣。それを持つ者の身分を証明するに十分な品ではないか。
だがフィリスは、なおも子どものように駄々を捏ねる。

「そんなものっ! 盗まれたものかもしれないではないか!?」

それはそれで大問題だ。ラルドが呆れたように肩を落とした。
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