偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「いい加減、お認めになりませんか? フィリス様、あなた自身がなによりの証だと。お母上に生き写しのそのお顔をご覧になれば、陛下とて少しも疑われないでしょう」

くっとフィリスが息を詰まらせる。それでも首を縦に振ろうとはしない。

「……あの。ラルド様は、その、ロザリー様にお会いしたことがあるんですか? ひと目見たくらいで親子だとわかるほど、似ていらっしゃるのでしょうか」

フィリスの中にある母親の姿は、幼少期に見た亡くなったときのもの。それを何度も思い起こさせるのは、酷な話ではないだろうか。

それに、なんといっても二十年近く昔のことだ。ロザリーの顔を覚えていたとしても、ラルドだってまだまだ子どもだったはず。
その記憶があてになるのだろうかと、ティアは少しだけ疑問に思った。

ティアの小さな不審は、自信たっぷりの彼の言葉にあっさりと覆される。

「ああ、もちろん。城へあがられる前までは、ときどきこの屋敷へも遊びにいらしてたからね。最後にお目にかかったときも僕はほんの子どもだったけれど、幼心にとてもキレイな人だと思ったのをよく覚えている。疑うなら、僕の父にも訊いてみるかい? 同じ答えが返ってくるはずだよ」

意地悪く笑んでから古い思い出を懐かしむように目を細めたラルドが、その視線をフィリスに移した。

「父も、まさかこんなに長い間ごまかしが利くとは思ってもいなかったようですけれど。でもね、姫様。そろそろ限界なのはご自分でもよくおわかりでしょう? いくらロザリー様の面影を濃く残しているとはいえ、あなたは紛れもなく男なんです。このままでいいはずがない」

追い詰めるような強い語調に、フィリスがゆらりと椅子から立ち上がる。キッとラルドをひと睨みしてから背を向けた。

大股で扉へを向かう彼の背中を、ラルドの皮肉に満ちた言葉が追いかける。

「いつまでそうやって現実から目を背け、皆に守られているおつもりですか? お姫様」

ぴたりとフィリスの足が止まった。振り返りはしない。だが今は、それだけで十分だ。
ラルドが密やかに口角を持ち上げしたり顔で笑う。

「式典は来月の末です。お返事はそれまでに……」

フィリスは最後まで聞くことなく扉の向こう側へ消えていった。
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