偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「ラルド様?」

それまで詰めていた息を吐きながら、ティアが不安げに問いかける。
しばらく閉ざされた扉を表情を消して見ていたラルドが、ああ、と明るい笑顔を向けた。

「女の子にはあまりおもしろくない話だったかな」

「いえ。あの、その。あたしはいったい……」

あまりにも複雑な事情を知ってしまったティアは、これから自分がどうしたらいいのかわからずにいた。
このままフィリスに仕えていていいのだろうか。もし彼が城に行ってしまったら? また伯爵の屋敷に戻ることになるのか?
いつまで経っても腰を落ち着けられない己の立場を心許なく思う。

「うん。あの館にいる者たちは、あらかたの事情を承知しているよ。もちろんフィリス様が王子だということも含めて。ここに古くからいるシーラたちもね。だからティアも、いままで通りフィリス様のお側にいてあげて」

当面の居場所が確保できたことに胸をなで下ろしたティアの隣に、ラルドが席を移してきた。
さっきフィリスが座っていた場所よりもずっと近く。肩が触れそうなほどの距離に、ティアは戸惑いながら広がる裾を手繰り寄せる。

彼はそんなものに気を取られることなく器用に避け、身体を斜めにしてティアに熱い視線を向けた。

「本当にキレイになったね。マールが連れてきたときは、あんなに小さな女の子だったのに」

すっと手が伸びてきて、耳にかかっていた髪を後ろに流す。水色の宝石が付いた耳飾りが弾みで揺れ、真昼のように煌々と室内を照らす燭の灯りを反射させながら輝いた。



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