偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「ほら、宝石だってこんなに似合う。もう立派な女性だね。これなら、いつでもお嫁にいける」

広く開いた胸元を飾る耳と揃いの石を摘まみ上げたラルドの指先が、ティアの肌を掠めていく。
思わずビクッと肩を跳ねかせると、彼は薄い笑いを浮かべ大粒の宝石へ愛おしげに口づけを落とす。

柔らかな髪の毛先が露わになっている首元をくすぐり、ティアは堪えきれずに身動ぎをした。

「なに、を……」

困惑と羞恥で声が震える。目線だけを上げたラルドの熱を持った吐息が素肌にかかり、さらに動揺は激しくなるばかり。

ティアはじりじりと腰で後退りながら長椅子の上を移動するが、すぐに背もたれにぶつかり行き止まる。
それでも、少しでも多くラルドから距離を取りたくて目一杯に背を反らすと、ようやくラルドの顔が離れていった。

彼の手から放れ、再びティアの胸に落ちついた首飾りの石の冷たさが、忙しく脈を打っていた鼓動を静めていく。

「君はなにも考える必要はない。僕のいう通りにしているだけでいいんだ」

立ち上がりざまにティアの頭を撫でていく。その仕草は幼子にするようなものなのに、ティアは載せられた手がやけに重く感じて視線を上げる。

「疲れただろう? さあ、部屋にお戻り」

ラルドは、不審を滲ませる夜空色の瞳を見返すことなく部屋から出て行てしまった。

いろいろと訊き逃したこともあるような気がする。だけれどそれがなんなのかは、混乱した今のティアの思考では整理できずにいた。

ひとり残された談話室は、急に温度が下がったように冷え冷えとして、真夏なのに寒気さえ覚える。
窓の外にはティアの髪の色よりもなお濃い夜闇が広がっており、いまだ強い雨が降りしきっていた。
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