偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* 嵐の夜
用意された客室に戻ったティアは、窮屈な服からやっと解放される。
姫や令嬢と呼ばれる人たちは毎日こんな苦しい思いをしているのかと思うと、地位や財産があるのも大変だ、などと的外れな同情をしてしまった。

だが、彼女にはまだ難問が残されている。

シーラが用意してくれた寝衣は、いままで着たこともない絹製のもの。
光沢のある生地に手を滑らせると、吸い付くようだ。こんなものを着てなど、とてもではないが眠れない。

だからといって、昼間着ていた自分の服は埃だらけ。
天蓋付きの寝台に横になるなど、もっと考えられなかった。

いっそのこと長椅子で眠ろうか。そうも考えたが、ふかふかの寝具がティアを誘惑する。

今夜一度限りのことだから。
そう自分に言い聞かせ、ティアは意を決してしっとりと肌に添う夜着に袖を通した。

恐る恐る柔らかな寝台に身を横たえてみる。
寝具に深く沈んだ身体は疲れきっているはずなのに、いっこうに睡魔は訪れてはくれなかった。

外の雨音は若干弱くなった気がする。その代わりに風が窓ガラスを揺らしてガタガタと音を立てていた。
さらに稲光がいく筋も夜空を走り、すぐさま轟音が空気を揺らす。
こんなに激しい雷雨は、久しぶりのことだった。

だが、眠れない理由はそれだけではない。

今日一日のうちに見聞きしたことがティアの神経を昂ぶらせ、眠気を遠ざけていた。

厨房へ行ってみよう。料理に使う香草を分けてもらって、気を落ち着かせられるような香茶を淹れよう。

思い立ったティアはむくっと起き上がり、薄手の肩掛けを羽織って部屋を出た。

廊下には、ぽつりぽつりと壁に掛けた燭台に灯が灯っているので歩くには不自由はしないが、人気のない空間に雷鳴が響いてどことなく不気味に思える。

そうっと扉を閉めるつもりが、どこかに落雷したのか大きな雷の音が轟き、驚いた手に余計な力が入ってしまった。
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