偽りの姫は安らかな眠りを所望する
バタンと重厚な扉の閉まる大きな音が廊下に木霊する。
自分の立てた音にビクンと揺らした肩に、ぽんとなにかが乗っかった。

「キャ……んっ!」

上げかけたティアの悲鳴が、口を塞がれたことで途切れる。

「……うるさい。騒ぐな」

耳の後ろから聞こえた不機嫌な声で、背後に立つ人物の正体が知れた。

「フィリス様っ!?」

そう言ったつもりの言葉は、彼の手に阻まれて意味をなさない。鼻まで覆われているため次第に息苦しくなり、思わずペちペちとフィリスの手を叩いて訴えてしまった。

「ああ、すまない」

弾かれたように退けたフィリスの両手は、なぜか広げたまま中途半端な位置で挙げられている。

「どう、なさったんですか?」

「いや、別に……。ティアこそ、こんな時間になにをしている?」

決まり悪そうに下ろした手を後ろで組み、ちらりとティアに視線を向けてから慌てて顔を逸らす。

「香茶を飲もうと思ったんです。寝付けないので……。あっ、もしかしてフィリス様もですか?」

ただでさえ普段から不眠に悩まされているのだ。こんな夜はなおさらだろう。

「申し訳ありません、気がつかなくて。十分なものがご用意できるかわかりませんが、今、淹れて参ります!」

お辞儀をして厨房へ向かおうとすると、「待て」と手首を掴まれた。

「その格好で行くつもりか?」

眉根を寄せたフィリスに言われてティアは目線を下げる。着ているものは寝衣だが、普段着よりもずっと上等なものだ。

「大丈夫です。お茶を淹れるだけですから、汚したりなんてしません」

「はっ?」

「フィリス様のお部屋は、あそこですか?」

ティアの部屋からふたつ扉を挟んだ向こうに、扉が細く開き灯りが漏れている部屋がある。

「すぐにお持ちしますから、お部屋でお待ちください」

力の抜けたフィリスの手を剥がすと、ティアは薄暗い廊下を足早に進んだ。

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