偽りの姫は安らかな眠りを所望する
用意したすべてを盆に載せ、慎重に持ち上げる。カップひとつとっても、簡単に彼女が弁償できる代物ではないのだ。
ワゴンを借りようかとも思ったが、夜中にガラガラと音を立てるのも忍びない。

ティアはともすれば重みと緊張に震えそうになる手許に気をつけながら、フィリスの部屋に向かって歩き出した。

お盆の上にばかり気を取られていたせいか、どうやらティアは角をひとつ曲がり損なったらしい。
ふと気がつくと、絵画や彫刻などの美術品が飾られたやや幅の広い回廊を歩いていた。

引き返そうとしたとき、廊下の奥まった場所に人影をみつけて思い止まる。ぼんやりと灯りに浮かぶ姿はラルドのようだ。

もし彼も眠れなくてここにいるというのなら、香茶を勧めてみよう。ティアは静かに近づいた。

「ラルド様?」

一枚の絵の前に立って眺めている彼に声をかける。
ゆっくりと振り返った彼の顔に蝋燭の炎が濃い陰影を作り、一瞬別人かと思ってしまった。

「やあ、ティア。こんなところでどうしたの?」

いつも通りの柔らかな声音に、ホッと息をつく。

「フィリス様にお持ちするお茶を淹れていたんです。よろしければ、ラルド様もいかがですか?」

ティアは、ちょうどいい具合に置かれていた小さな飾り机の上に盆を置いた。
さっそく香茶を淹れようとしたティアの手に、ラルドが自分の手を重ねて制止させる。

「ありがとう。でも今はいい。……それより、この絵を見てごらん。君はまだ見たことがなかっただろう?」

絵の善し悪しなどわからない、と断ろうとするティアの言い分は通らない。そのまま手を引かれ、つい今し方まで彼が見ていた絵画の正面まで連れて行かれた。

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