君に捧ぐ、一枝の桜花
「もう諦めろよ!兄さんっ!」

それは窓の外まで聞こえてきた。窓辺まで来た吉野はなんだ?と思いつつ、窓から覗く。

「目の前に想ってくれる人がいるなら、わざわざ遠くの人を想わなくていいじゃないか!」
「・・は、波琉(はる)ちゃん!」

明は相変わらず、ベッドの上にいる。明の目の前で少年が明に向かって怒鳴っていた。その少年にすがるように少女が「やめて、やめて」と言っている。

「それはどういう意味?波琉」

あの時と同じ声。普段の陽気な明から想像できないほど低く冷たい。少年は驚いたらしく、顔を強張らせている。

「兄さんをずっと傍にいて想ってくれているのは璃珠姉だ!」
「ねえ、もうやめて。波琉ちゃん!もう、いいのっ!」
「だから、璃珠姉と結婚しろよ!婚約者が姉から妹に変わっただけだろ!?」

結婚の2文字に、吉野は目を瞬いた。

(婚姻!?明とこの少女とがか?)

話を聞くところ、少なくとも璃珠という少女は明を好いているらしい。

「確かに傍にいたのは璃珠だよ」

それは明に好意を持つ少女にとっては希望のともし火だっただろう。だが、それは一瞬で消え去る。

「僕が好きなのは璃珠じゃない。悪いけど、僕は伽夜以外想う気も・・結婚する気もないよ」

それは明らかな拒絶だった。明の表情は吉野からは見えない。華奢な背中だけが見える。

「だって、もう伽夜姉は兄さんのことも覚えていないんだぞ!?妹の璃珠のことだって!」
「ねえ、聞こえなかった?もう一度、言わせたいの?僕は何度も言うのはいいけど、璃珠が傷つくだけだよ


少女へと目を向けると、必死に泣くのを我慢してるようだった。

「僕が好きなのは伽夜だけだ。伽夜が僕を忘れても、それは変わらない」

歌うように告げる明に、少年は歯を食いしばり少女の手を引っ張って病室を後にした。

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