君に捧ぐ、一枝の桜花
悪戯
「本当にするのか・・?」
「うん♪お願いね」
「やるのか?」
「男なら一発かませっ!」

ナースステーションの傍らの部屋にある一室で吉野と明は居た。

「・・・・・」
渋々、吉野は部屋のドアを通り抜ける。精霊である吉野は人間が作ったモノは通り抜けられる。明は少しだけドアを開けて、そこからナースステーションに目を向けた。
今、ナースステーションでは一日の始まりである朝礼が行われている。テーブルを囲むように看護師と医師が居て婦長と外科部長――明の父を中心に話を聞いている。吉野はある医師の後ろに回った。50代くらいの男性で低身長に立派な腹がいかにも中年の証のようだ。名札に書かれた文字を見ると、どうやらその男性は副部長で「北野」という名らしい。

「・・・・・でありますから・・」

北野が話しを始めた。その北野後ろに居る吉野は、ドアから覗く明に声を発せず問いかけた。明は神妙に頷く。それを見ると、吉野はため息をついた。

「ない!」

北野の話が途中で止り、張り上げた声に不思議に思った看護師はカルテを見ていた視線を上げた。その次の瞬間、きっとその場に居た人々は息を呑んだに違いない。

「ない!ど、どこにいったんだ!?」

慌てる北野は頭に手をやる。電灯の光に反射して光っている禿頭。先ほどまでふさふさだった髪はどこへやら。

「・・・・北野先生。貴方、かつらだったのですか」

北野の隣に居た婦長が視線を頭に向けながら、関心深そうに呟いた。看護師及び医師らは笑いを堪えているのだろう、肩が震えている。

「かつらだったなんて、知らなかったわ。それはストレス?それとも遺伝かしら?」
「ふ、婦長」

婦長の言葉があまりにストレートだったため、看護師の一人が嗜めるように婦長の腕を取った。

「・・・・・あ」

ようやく、周りの自体に気づいた北野は顔を真っ赤に染め上げた。

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