君に捧ぐ、一枝の桜花
吉野は鍵盤に手をかけたまま、何とも言えない感動に襲われていた。
今まで篠笛や琵琶など日本楽器にしか触れたことがなかったからだ。日本楽器とは違う水のように澄んだ高い音が耳を打つ。
再び、鍵盤を押してみる。どっしりとした重い音。

「何か歌う?」

ファイルを片付け終わった明がピアノの傍らに立っていた。

「何か弾いてあげるよ。さあ、好きな曲を言ってみて?」
「これは他の病人の迷惑になるだろう!?」
「防音になっているから平気。弾き放題」

そう、このグランドピアノがある部屋は完全に防音対策してあるのだ。

「そもそも何故、この場所だけ他の病室から離れているのだ?」

前々から思っていた疑問を口にしてみる。この明の病室はこの前の悪戯の際に分かったことだが、他の病室から離されてつくられている。しかも病室と繋がって、防音完備の部屋まである。

「それは僕がこの病院の院長の孫だからだよ」
「孫?」
「うん。父方のじーちゃんが経営しているんだ。元々ひいひいじーちゃんが建てたらしいけど。両親も此処で働いているよ」
「つまり、院長の孫の権限か」
「違うよ。勝手にじーちゃんと親たちが決めたんだ。外科に病室あるんだからそこに入れればいいのに。お陰で僕は人間の友達いないし」
「寂しいか?」

それは自然に出てきた言葉。

「友がいないのは寂しくはないのか?」
「・・寂しくはないよ。ただ悔しくて、もどかしいだけ。逢いたい人に・・逢わないといけない人に今の僕じゃ逢えないから」
「ならお前は何故、入院している?」
「嫌だなあ!吉野。病院は不健康な人が病を治すための場所だよ」
「そのくらい我は知っている。やはり病なのか?」
「うん、まあね。僕、心臓病なんだ。しかも原因不明で僕自身特殊血液型。だから移植もバチスタもできない。投薬だけ。おかげで大きな心臓発作が起きたら死ぬわけ」
「・・そうだったのか」
 
なんだか聞いてはいけなかった気がする。本人は笑顔で言っているが、話は笑えない。

< 8 / 28 >

この作品をシェア

pagetop