君に捧ぐ、一枝の桜花
気まずい雰囲気の中、明は抑揚のない声で腕をぽきぽきと音を鳴らす。

「さあ、歌は何がいい?久しぶりに腕がなるねえ」
「我は知れど、お前は知らぬ」

吉野が知っているのは、かつて村人が歌っていた名も知らぬ歌や天界の歌だ。それらを人間の明が知るはずがない。

「じゃあさ、歌ってよ」
「は?」
「歌ってくれたら、メロディつけられるしね」
「めろ・・」
「あ、音楽だよ。さあ、遠慮なくどうぞ?一度聞いたらだいたい弾けるから」
「断る!」
「なら、何か教えようか。僕も一人で歌うより、二人で歌ったほうが楽しいもんね」
「ああ」

明は椅子に座って鍵盤に手を掛けた。



「吉野って耳、いいね」
「それはけなしているのか」

2人で合唱し、結構時間が経った。

「違うよ。ちゃんとピアノの音に合ってるし、音程もいいから。んーでも、絶対音感まではいかないかな」
「ぜったいおんかんとは?」
「簡単に言ったら、音の識別が正確な人のことだよ」

防音室から病室に戻ると、明はコップに水を注ぎだした。

「お前は、それなのか?」
「さあ?テストなんかしたことないしなんともいえないや。どーぞ」
「ああ、すまない」

受け取ったコップに口をつけると、喉が渇いていたのだろうか、自然にすべて飲み干した。

「そうだ。吉野に頼みがあるんだ」
「頼み?なんだ」
「帰る途中で、これを捨ててきて欲しいんだ」

ベッドのマット下から包みを出した明はそれを吉野に差し出す。包みは膨らんではいるが、小さい。吉野は差し出された包みを受け取ると袂になおした。

「わざわざ、外にか」
「うん、外のゴミ箱に捨ててきてくれる?」
「嗚呼、わかった」

承諾した吉野は、受け取った包みを襟の中になおしこんだ。
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