ケンショウ学級

それから勉強をして、皆で昼食を食べて、また勉強をして監獄の生活は元に戻った。

少し違うのは勉強部屋と食堂を兼ねたその部屋の後ろから鉄の匂いが濃くなったこと。空席がぽつんとあること。そこに菊の花すらも置いてあげることができないこと。

休憩時間になっても遊ぶ人はいなかった。喋り声もしない。ただみんなフリースペースに出て座っていたり、立ち尽くしているだけ。

「おい、田口!キャッチボールすんぞ!」

「えぇ、こんな状況で?」

佐野くんはソフトバレーボールを田口くんに放り投げる。戸惑いながらもキャッチした田口くん。

「こんな状況だから、いつも通りに遊ぶんだよ」

「……そか。そうだね」

ボールを投げてキャッチする。パァンと軽い音が弾けている。

「そうだよな。おーい、オレも混ぜてくれ」

春馬がそう言って立ち上がる。

「僕もいいかな?」

そして、僕も立ち上がった。佐野くんは少しだけ驚いた顔をしていたけれど、にっと笑った。

「根暗にオレのボールが取れるか?」

「捕れるさ、何度も“頭で“受けてきたからね」

「違いねぇ」と言って佐野くんが豪快に笑った。案の定というか佐野くんのボールは凄い威力で何度か顔面でキャッチした。それを見て田口くんや春馬が笑って、少しずつそれを見ていた人達の表情が崩れていくのが分かった。

30分はあっという間に過ぎていき、ブザーがなった時には僕だけが汗をかいて息を切らしていた。さすが運動部組は体力が違うな。

「楽しかったな06番、またやろうぜ」

「はい、佐野看守」

こんな状況じゃなかったら僕は佐野くんとこうしてキャッチボールをすることも、次の遊びの約束を交わすことなどなかったのだろう。異質な空間だからこそ芽生えた歪な関係の始まり方だったに違いないのだけれど、僕は嬉しかった。

独房に入ると、亮二はもうベッドの上段で寝転がっていた。僕が独房に入り、顔を洗おうとベッドの側を通り過ぎる時に亮二が何かを呟いていた。

「10番……何か言った?」

「……」

気のせいかな?亮二からの反応はなかったから僕は洗面器で顔を洗った。身体を動かしてすっきりした気分でベッドに寝転がる。

「あと10日か。これまでに起こったこと、想像の域を出ないこと……」

夕食の準備ができるまで、僕は昨日委員長と話していたことを振り返っていた。映像の反転に録音か、だとしたらやっぱり引っかかっていることがある。それを近いうちに確認しなければならないだろうな。

「ふぅ、疲れたな……」

僕は壁に向けて寝返りをうって、小さくつぶやいた。今日の騒動で自覚していた以上に疲労がたまっていたらしい。

このまましばらく平穏で居られれば良いのだけれど、皆心も身体も限界が近づいてきている。囚人役だけでなくそれはきっと看守役の人達にも。

もう誰にも死んで欲しくないな……

「さぁ、夕食の時間だ配るぞ」
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