俺様社長と結婚なんてお断りです!~約束までの溺愛攻防戦~
「羽衣子、珈琲淹れて」

「はーい」

これもいつも通りのこと。洸は店の隅の工房で作業を始め、羽衣子は台所で珈琲を淹れる。ストックしてある豆を挽いて、コポコポとお湯が沸き立つのを待って、ゆっくりと丁寧に。

洸にはブラック、自分用にはミルクを少し。マグカップを二つ持って、羽衣子は工房の扉を開けた。


「お疲れさま。指輪どう?」

「ん、もうちょい」

作業する洸の邪魔にならないよう少し離れた場所にマグカップを置き、羽衣子も椅子に腰掛けた。

ふーふーとマグカップの中身を冷ましながら、羽衣子は洸へと視線を移す。

洸は真剣な眼差しで指輪にヤスリをかけていた。
普段の青年実業家といった雰囲気を醸し出す洸よりも、工房にいる時の洸の方が羽衣子はずっと好きだ。洸自身が純粋に仕事を楽しんでいるように見えるから。


「洸ちゃん、少しおじさんに似てきたね」

「は?どう見ても母親似だろ、俺は」

「顔はもちろんそうなんだけどさ、その後ろ姿がどことなくおじさんを思い出すんだよね」

武骨な職人タイプだったおじさんの背中が洸に重なる。
洸は何も言わないけれど、ちょっとだけ口元が緩んだのを羽衣子は見逃さなかった。



「よしっ、できた。 手出せ、羽衣子」

羽衣子は洸の前に左手を差し出す。

「お前、何の取り柄もないけど指だけは綺麗だよなぁ」

いつもの嫌味ではなく何だかしみじみとした口調で洸が言う。

「プリュムの社員としては、立派な取り柄でしょ?」

羽衣子が自信満々に微笑むと、洸もふっと笑みを零した。差し出された羽衣子の薬指にそっと指輪をはめる。
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