俺様社長と結婚なんてお断りです!~約束までの溺愛攻防戦~
「・・・よくもまぁ、フルコースを完食した後にあんな大量の甘いもんが胃に入るな」
感心しているとも、呆れているとも取れる口ぶりで洸が言う。

「あははっ。食べ始めたら、やっぱり美味しくて止まらなくて。さすが、一流店だねっ」

柄にもなく乙女ちっくなことを思ってみたものの、羽衣子は結局デザートも含め
た全ての料理を完食した。


会計を済ませて店を出ると、洸はスタスタとエレベーターへと向かった。
このフロアには羽衣子たちのいたレストランと小さなバーが入っているだけなので、人もまばらでシンと静かだった。
周囲をぐるりと囲う大きなガラス窓の向こうには東京の街並みがキラキラと輝いている。

洸の後を追いかけてエレベーター前で足を止めた羽衣子は昇降ボタンを見て、首をかしげる。

「洸ちゃん、押し間違えてるよ。下でしょ?」

下向き矢印のボタンを押し直そうと羽衣子は手を伸ばした。が、指先がボタンに届く前に洸に手を取られてしまう。

「上で合ってる」

「は?」

「上に部屋を取ってあるから」

洸はとんでもないことをさらりと口にする。長めの前髪からのぞく漆黒の瞳が羽衣子をとらえる。

「えぇー!? このホテルって一泊5万とかするんでしょ? なんて、もったいないことを・・」

洸はがくりと肩を落とす。

「驚くとこ、そこかよ。ーー俺と泊まることはいいわけ?」

「え?」

「もう子どもの頃と同じようにはいかないと思うけど?」

洸が羽衣子の手首を捕らえている指先にぐっと力を込めた。
ドクンと羽衣子の心臓が大きく脈打った。

‥‥やっぱり、今日の洸ちゃんはいつもとなにかが違う。どうして、こんなに真剣な目で私を見つめたりするんだろう。
なにを考えているんだろう。全然、わからない。それとも、どこかおかしいのは私の方なのかな? からかわれているだけなのに、バカみたいに間に受けて動揺しちゃっているんだろうか。洸ちゃんは今にも笑い出しそうなのを必死に堪えているのかもしれない。

「羽衣子?」

毎日、飽きるほどに聞いている私を呼ぶ洸ちゃんの声。どうして今日はこんなにも切なげに響くのだろう。

羽衣子がなにも言えずに黙って俯いていると、洸がふーと細く息を吐いた。羽衣子が弾かれたように顔をあげると、洸は唇の端だけを軽くあげて笑った。その笑顔はどこか寂しげに見えた。
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