俺様社長と結婚なんてお断りです!~約束までの溺愛攻防戦~
会社近くの羽衣子お気に入りの焼肉屋『ホルモン市村』はお洒落とは言い難い店構えだが、味は抜群だ。店内は会社帰りのおじさんグループで賑わっていた。ジュージューと肉を焼く音と、もくもくとあがる煙が食欲をそそる。

「羽衣ちゃん。そっちのマルチョウいい感じに焼けてるよ」

「あっ、ほんとだ!もらっちゃうね」

羽衣子はほんのり焦げ目のついたマルチョウを口に放り込んだ。噛めば噛むほどに甘みが広がる。

「う〜ん、美味しいっ。ビールもう一杯頼んじゃおかなぁ‥‥」

あと一口分ほど残った中ジョッキを見つめながら羽衣子が言うと、誠治がすぐに店員を呼んでおかわりを注文してくれる。

「洸も来れたらよかったね。今からでも電話してみる?」

誠治は胸ポケットからスマホを取り出し、羽衣子に問いかける。

「今日は無理だと思うよ。なんか海外の有名なデザイナーさんと商談を兼ねた食事会だって言ってたから。重みが欲しいからって、古株の高藤さんを連れていったよ」

羽衣子はカルビをひっくり返しながら答えた。高藤さんは永瀬宝飾店時代からお世話になっていた会計士さんで今は会社の役員を引き受けてもらっている。若手ばかりの我が社の中では、確かに一番威厳のある外見をしている。

「それって、もしかして香港のリー・マーロウ⁉︎」

「そうそう、そんな名前だった。すごい人なの?」

「今一番注目されてる若手デザイナーじゃないかな。ロンドンとNYにも店を出してるし。ほら、オスカーの授賞式でアンジェリカが着てた真っ赤なドレス。あれがリー・マーロウのデザインだよ」

「へぇ‥‥すごいんだね〜」

ハリウッド女優のアンジェリカはさすがに知っているけれど、彼女が着ているドレスまでは羽衣子は把握していなかった。だけど、ハリウッド女優がそういう舞台で着るってことは世界的にも認められた一流デザイナーなのだろう。洸は今頃、その一流の人間と食事をしているのだ。こういう事実を目の当たりにすると、やっぱり洸は若くして成功した実業家でもう幼馴染の洸ちゃんではないんだな‥‥と実感してしまう。社長といち従業員との立場の違いを改めて突きつけられたような気がした。
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