脳内シュガー
「偶然」と「やっと」
止まっていた鼓動が、澄んだ音で駆け始めた。
身体中に、血液が巡っていくのを感じる。
『いつもこうやって、女を堕とすの…?』
「あっは、堕とされたの?笑」
大きな窓に寄りかかった彼の半身に、夕方の光が一心に落ちて。
この人は綺麗だなぁ。
あまりにも自然に、そう感じた。
『…なんか満足そうですね。達成感、感じてるんでしょ。』
精一杯の強がりを込めて。
彼を通り越して、長机の上放置されている使用済みの紙コップを集めて回る。
『堕としてやった、って。思ってるんでしょ、どうせ。』
「そうだね、堕としてやったな________」
暇なら、一緒にゴミ集めてくださいよ。
そう言おうと思って振り向いた時には、もう。
彼の微笑みは、すぐ隣まで忍び寄っていた。
「“やっと”。」
後ずさりしようとした頬は、熱い手の平に既に包まれた。
悪戯に細くなった瞳に、星が飛んだら。
見惚れた唇は、甘いチェリーフレーバーで塞がれた。
『んっ…』
隙間から漏れる濡れた音が、チカチカ瞬いて。
鼻腔まで上がってくる彼の香りが、脳みそを支配していく。
これはきっと、脳内に広がるシュガーという名の魔力。
諦めとすれ違った、覚悟。
口内を掻き分ける、この侵入者が。
私はもっともっと、欲しくなる。
廊下を歩く、高らかな女性たちの笑い声に、ゆっくりと唇は離れた。
「もう一度、今日俺とかえろ、」
『やり直して。』
それでいい。支配されていいから。
『不安にならないように、もう一度全部やり直してよ。』
懇願する。
本物だというなら、私をもう一度。
「…分かった。」
その微笑みの裏に潜むシュガーで。
正しく、堕として。