イジワル御曹司と花嫁契約
「詳細な費用は分かりかねますが、数百万はかかるのではないでしょうか」


 息を飲む私に、先生は労わるように優しい笑顔を向けた。


「今回効かなかった抗がん剤ですが、他にも薬剤はありますし、手術だけが唯一の手段なわけではありません。希望を持って、よく考えてください」


 声も出ず、頭を下げ診察室を出た。


 そうか、だから先生は手術のことを言わなかったんだ。


私にお金がないこと知ってるから……。


必要最低限の少額の保険にしか入ってなかった母。


先進医療も扱う高額な保険に入っていればこんなことにはならなかったのかな。


でも、そんな高額な保険料を支払う余裕なんてうちにはなかった。


数百万なんて大金、私が借りれるわけもない。


 貧乏人は死ぬしかないのかな。毎日寝る暇もなく働いて、病気になったらお金がなくて適切な治療も受けられない。


なんて酷い世の中。


なんて悲しい母の人生。


 世界が一瞬にして淀んだものに映った。


重い気持ちのまま、母のいる大部屋へと向かい、ドアを開けようとして手が止まった。


 ……こんな気持ちのまま会えない。


作り笑顔もできない今の私が母の前に立ったら、勘のいい母のことだ、きっと自分の病状が深刻だと気付くだろう。
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