イジワル御曹司と花嫁契約
「ごめん、お母さん……」


 ドアに額を当て、下を向いて小さく言葉を吐き出した。


涙が溢れてくる。


なんて自分は情けないんだろう。


大好きなお母さんを助けることもできない。


お金さえあれば……。


お金さえ……。


 踵を返して、病院を出る。


綺麗な茜色の西日は落ち、辺りは薄暗くなっていた。


風が横に吹き抜けて、頬を伝う涙が唇に落ちた。


 これ以上母の苦しむ姿を見たくない。


抗がん剤治療は、想像よりも過酷だった。


病に効くならまだしも、効くか分からない薬剤を試して副作用に苦しむなんて酷い話だ。


けれど放射線治療は、脊椎がんにはあまり効かないらしい。


 一般的に脊椎がんは転移が多く、母のように原発性なのは非常に珍しいとのことだ。


でも、見つかったのが初期だからきっと治ると信じていたのに……。


 手術を受けさせたい。


でも、お金がない。


どうすれば……どうすれば……。


どうしたら母を助けることができるの?


 次から次へと溢れ出てくる涙を拭いもせずに、ただ下を見て一歩一歩歩く。


足が鉛をはめたみたいに重かった。


いや、足だけじゃない、体全体。頭が、一番重い。
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