イジワル御曹司と花嫁契約
 ……絶対に結ばれることなんてない人。


好きになっては、いけない人。


 自分に言い聞かせるように、胸の中で呟いた。


強く瞼を閉じて、まだ彰貴の手のぬくもりが残る左手を、右手で覆うように太腿に押し付けた。


「発車しても宜しいでしょうか」


 運転手はバックミラーで私を見ながら言った。


「はい、お願いします」


 リムジンは私の家に向かって進んで行く。


着くまでに心を整理していつもの私に戻らなきゃ。


私を混乱させる胸の甘い疼きなんて、早く捨ててしまおう。


私の居るべき場所は、あの古ぼけたアパートで、守るべきものは、あの小さな弁当屋なのだから。


「彰貴様が、女性を乗せたのは初めてです」


 運転手は、まるでひとりごとを呟くように言った。


「え?」


 思わず顔を上げて聞き返す。


「彰貴様の笑った顔を見たのも、初めてです」


「え?」


 驚いて聞き返すと、「社交辞令の笑顔ならされますよ。でも、本当に心から笑っている笑顔は、初めてです」と運転手は言葉を付け加えた。


「そうなんですか? でもあれは笑ってたっていうより、無理やり笑わせたってかんじで……」


 苦笑いしながらこめかみを掻く。
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