壊れるほど抱きしめて



アパートに着いて二人で階段を登る。


私の部屋が先にあって、扉の前に立ち止まり、坂木くんにお礼を言った。


「一緒に帰ってくれてありがとう」


「……別に」


そう言って私の顔も見ずに、横を通り過ぎた。


何だか寂しく感じながら鞄から鍵を取り出そうとしたが……。


「あれっ、無い!」


鞄の中を何度も探したが鍵が見あたらない。
焦りながら考えると、工場のロッカーに置き忘れたんだと気づいた。
今日は飲み会だから車には乗らずに歩いてきた。
アパートから居酒屋もそう遠くないから、鍵を忘れても車に乗ってきていなかった私は気づかなかった。


「ど、どうしよう!」


そう口に出した私に坂木くんは言った。


「あんた鍵無いの?」


「ロッカーに忘れてしまったみたい。馬鹿だよね。大家さんは今日から日曜日まで居ないって言ってたから中に入れないし、給料日前でタクシーで行くにしても往復だとお金もかかるし、飲んでるから車では行けないし……って車の鍵も一緒に付けてるんだった。今の状態で歩くのも、着くまで時間かかりそうだし」


そう思ったけどタクシーで行くしかないよね。


タクシーで行こうと、鞄からスマホを取り出した時だった。


「今日だけ家に泊まれば……。明日の朝に送って行ってやる」


「え、でも悪いし」


「そ、じゃあ俺は部屋に入るから」


顔色一つ変えることなくそう言って、坂木くんは部屋に入った。


そして私は財布を取り出す。


財布の中身は一万円。
給料日まで一週間。
貯金はないが一万円あればどうにかなる。
考えた私は坂木くんの部屋の前に立ちインターフォンを押した。


扉が開いて坂木くんの顔が見えた。


「やっぱり泊めて下さい……」


「……入れば」


そう言って坂木くんは中に入って行った。


「お邪魔します」


私も靴を脱いで中へと入った。




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