叶わぬ恋ほど忘れ難い
9:気持ちを隠し通す自信はある
わたしが提案した企画が採用された。店の商品をプレゼント用に包装するという、どこの店でも行っていることだったが、うちの店は本やゲームの買い取り販売店だから、そんなサービスはしていなかった。
企画を出す前、他のスタッフに包装はできるか聞いて回った。
朝番担当の主婦西本さんも、同い年のいずみんも、絵里子さんも。意外に田中さんもできるらしい。これならどんなシフトが組まれても、すぐに包装ができるスタッフが最低一人はいるだろう。
企画書を見てしばし悩んだ店長は、数日後にそれを採用してくれた。
店長が休日でわたしが遅番の日、出勤前に近くのショッピングモールへ包装紙やリボンを見に行った。
結局気に入るものはなかったし、業務用としては量が少ない。店に戻ってレジ裏のパソコンで業務用のものをふたりで選ぶことになった。
数日後、店内のあちこちに包装サービスのポップを貼り出し、いよいよ初の試みが始まった。
記念すべき一人目のお客さんは、息子さんの誕生日にゲームをプレゼントしたいというサラリーマン風の男性。
男性はそわそわしながらゲームソフトを包むわたしを見ていた。思わず笑ってしまわないように注意しながらリボンをかけ、他のスタッフが見ていないのをいいことに、リボンをシールで留めた。シールは大きな商品や高価なものだけ、という指示を早速無視したからだ。
「お誕生日おめでとうございます」
言いながら袋に入れたそれを渡すと、男性はぱあっと笑顔になって「ありがとう」と言ってくれた。
「古本屋の包装ってどんなだろうって心配してたけど、店員さん凄く上手だから安心したよ。またお願いしてもいいかな」
「はい、是非」
笑顔で帰って行く男性の背中を見送っていたら、背後に気配を感じて勢いよく振り返る。店長だった。店長も笑顔だった、が。
「見たぞー、早速シール使いやがってー」
「うわっ、すみません、つい!」
髪を乱暴に掻き混ぜられながら、ただただ謝罪を繰り返す。てっきり怒られると思っていたのにそんな様子は全くなく、むしろ「喜んでもらえて良かったな」と微笑んだ。
閉店時間も迫り、恐らく本日最後の買い取りとなる査定を済ませた。
数日に一度来店する常連の男性、八巻さん。査定額を提示しても支払いをしても、ただ頷くだけの無口な人だったのに、今日はいつもと少し様子が違った。
店内アナウンスで呼び出した時からなんだか挙動不審。支払いをしてもそわそわおどおど。その様子に、奥のレジの精算をしていた田中さんも、パソコンをいじっていた店長も気付いて、こちらに視線を向ける。
一抹の不安。事件が起きたらどうしよう、と身構えていた、のに。
「あ、あの、すいません」
わたしは初めて、八巻さんの声を聞いた。
「はい、なんでしょう」
驚きながらも平静を保って返事する。
「店員さん、いつも凄く良い香りがするんですが、洗剤ですか? 香水ですか?」
「へ?」
「あ、あの、変な意味ではなく。実は来週彼女の誕生日で、何をプレゼントするか悩んでて。店員さんいつも凄く良い香りなので、こういう香りのものを贈りたいなって……」
なんということだ。無口で買い取る物のジャンルもばらばらで、いまいち人物像が掴めない人だったのに、思わぬ所で私生活を垣間見てしまった。常連さんの力になれるなら、と。わたしは素直に答える。
「香水ですよ。この辺りの店には売っていないので、通販で買っています」
香水の名前と、利用している通販サイトの名前を教えたけれど、八巻さんはきょとんとしていたから、メモ帳を破って書いてあげた。通販をしたことがないと言うので、登録の仕方や検索、支払い方法まで細かく。八巻さんは何度もお礼を言って、にこにこしながら帰って行った。
入れ替わりに店長が「何事?」と怪訝な表情でやって来たから、今のやりとりを簡単に説明する。店長は「心配して損した」と大笑い。
「でも確かに崎田さん良いにおいだもんね」
言いながらわたしの肩元に顔を寄せ……。
「うわ、ちょっと、嗅がないでください!」
嗅がれた。くんくんと、鼻を鳴らして。好きな相手とはいえいきなりこんなことをされたら当然拒否反応を起こすわけで。
気付いたときには自分の肘を店長のお腹にめり込ませていた。田中さんも真ん中のレジから「今のは佐原さんが悪いです」と笑った。