叶わぬ恋ほど忘れ難い
毎日が楽しかった。仕事は楽しいし、店長とも仲良く過ごせている。叶わない恋だと理解している。叶わなくても、そばで働けるだけで良い。そう思っていたから。
「ねえ邑子、店長と不倫してないよね?」
まさかあずみんにそんなことを言われるとは、想像もしていなかった。
店長と不倫? 身に覚えがなさすぎて、半笑いで聞き返した。
「なにそれ、何がどうなってそうなったの?」
わたしの表情を見てその噂はデマだったと察したあずみんが、どこで何を聞いてきたのかを教えてくれた。
数日前、朝番のみんなに「安住さんって崎田さんと仲良いよね、店長とのこと何か知らない?」と聞かれ、全く意味が分からなかったあずみんは、ついさっきのわたしと全く同じ反応をしたらしい。
詳しく聞いてみると「須田さんから聞いた」という。須田さんが言うには「店長と崎田さんって妙に仲良いし、崎田さんも店長にアピールして、露骨に贔屓されて。毎日毎日一緒に仕事してじゃれ合って。あれは絶対デキてるよ。田中くんもそう言ってる」とのこと。
仕事はできるがあまりスタッフと馴れ合わない田中さんがそんなことを言うのかと不思議に思って、つい昨日田中さん本人に聞いてみると「須田さんがしつこく何か言ってたから、そうかもしれないっすねえってテキトーに返した」と。
そんなことだろうと思っていた、だって田中さんだもの。そしてつい先ほど、須田さんに直接「店長と崎田さんってデキてるよね。一緒に市場行ったり包装紙選びに行ったり。いつもふたりで仕事してじゃれ合って、ピアスあけてもらったり、普通店長とスタッフがそんなことする? この間スタッフルームで好き好き言い合ってるの聞いちゃったし、これは間違いないと思うのよ。朝番のみんなもデキてると思うってよ」と言われたらしい。
思わずふき出した。
「市場には奥さんも武田さんも行ったし、包装紙はわたしが企画したことだから。好きって言ったのは店長が買ってきたお煎餅」
「あの緑色のやつ?」
「そう。それにわたし一応社員希望だから、そりゃあ進んでいろんな仕事するよ」
「だよねえ。やっぱり須田さんのいつもの噂話か」
店長のことは好きだ。でもアピールしているつもりも、贔屓されている気もなかった。ただし話は驚くほど合うから、他のスタッフよりじゃ仲が良いだろう。
気持ちを隠し通す自信はある。社員希望として仕事もバリバリこなすつもりだ。でもそれが不倫に見えてしまうなら、一体どうしたら……。
「気にしなくていいよ。須田さんって噂好きで、あることないこと並べて攻撃してくるから。朝番の佐藤さんもやられて」
「え、そうなの?」
「うん、前はずっと遅番で入ってたんだけど、色々言われてレジカウンターで泣いちゃって。それから須田さんと関わらないように朝番専門になったの」
「そうなんだ……」
あずみんは真面目な顔でわたしの肩をたたき「何かされたら助けてあげる」とやたら格好いいことを言った。
「惚れそう」
はぐらかすように言って笑ったのに、あずみんはまじめな顔のまま「邑子、辞めないでね」と呟いた。