叶わぬ恋ほど忘れ難い
12:つらい恋だった
季節が変わる頃、いずみんから飲み会のお誘いメールが届いた。久しぶりに古本屋メンバーで集まろうというものだった。
日程を見たけれど、その日は無理だ。発注した商品が山ほど届き、検品や品出しで大忙しの時期とばっちり重なる。しかも店長が出張でいない期間でもあった。
つい先日、学生時代の友だちと温泉旅行に行くため連休をもらってしまったし、そのせいできつきつになってしまったシフトも、もう移動できそうにない。
断りのメールを入れると、その日の夜、いずみんが部屋を訪ねて来た。まさか部屋の前で待っているとは思わなかったからのんびり帰って来てしまったけれど、いずみんは何も気にすることなく「プリン持って来た」と笑顔でコンビニ袋を見せた。
いずみんがこんな夜中に訪ねて来たのは、飲み会のお誘いのためだった。
「そんなに参加率悪いの?」
聞くといずみんは「まあ……」と苦笑しながら答える。さすがに五年も経つと、みんな別の仕事をしていたり家庭を持っていたりで、来れない人が多いらしい。
今のところ参加が決まっているのは月島さんと武田さんと田中さんと佐藤さん。全員社員、関係者ばかりじゃないか。
それ以外のみんなは「行けたら行く」状態。金本くんに至っては「イベント行きたいから無理」と速攻で断ったらしい。
そんなわけで、いずみん店長が直々にお誘いに回っているというのだ。
「サプライズ企画があるから、できれば来てほしいんだ」
「それ言っちゃだめなんじゃないの?」
「内容までは言わないし、分かんないでしょ?」
言われて少し考える。
考えられるのは誰かと誰かが結婚するだとか、そういう感じだろうか。だからこそあの時のメンバーを集めているんだろうし。
でも結婚関係のサプライズなら、今年の始めに学生時代の友だちが「ドイツの方と結婚して向こうに住む」と言った印象が強すぎて、それを超える驚きはそうそうないだろう。
「武田さんといずみんが結婚するとか、田中さんが母を訪ねてアルゼンチンに移住するとかだったらびっくりするかもしれない」
「田中さんはアルゼンチンに行かないし、武田さんとわたしは結婚しない」
呆れた顔で言ういずみんを見て笑って、せっかく持って来てくれたプリンに手を伸ばした。
「仕事が早く終わったら少し顔出すけど、期待はしないでね」
言うといずみんは「分かったよ……」と残念そうに言って、同じくプリンに手を伸ばした。きっと来れない確率の方が高いと分かったのだろう。
「ねえ、邑子。聞いてもいい?」
「うん?」
「店長……佐原さんのこと、どう思ってた?」
プリンを開けながら、いずみんが呟く。いずみんは顔を上げない。こちらを見ない。
ということはこの質問の意味は「人として」ではなく「男として佐原さんのことをどう思っていたか」だ。
「……好きだったよ」
わたしもいずみんを見ないまま答える。
「……つらい恋だったね」
「そうかもね……」
「まだ、佐原さんのこと、好き?」
答えに迷う。
もうあの片想いは時効で、笑い話に成り得るものだったから、素直に頷いても良かったんだけれど。それができずに曖昧に笑って、プリンをスプーンで掬った。
答えないわたしに、いずみんは「きっとすぐ、良い人に会えるよ」と呟くように言ってくれた。
口に入れたプリンは甘くて。なぜだか胸がじいんと熱くなった。