叶わぬ恋ほど忘れ難い
13:ずっと伝えたかった
結局飲み会には参加することができなかった。
幹事であるいずみんには、仕事が早く終われば顔を出すと言ってあったけれど、案の定検品に追われ、しかもその日に限ってやたらと包装が多く、レジを閉めようとしたら数字が合わなくて、気付けば真夜中を過ぎていた。
いずみんから「お開きにしちゃったよ」というメールが届いていて「サプライズはなんだったの?」と聞いたけれど「来れなかった邑子には教えられませーん」とのこと。そう言われるとちょっと気になる。なんだったんだろう。
でも参加人数だけは教えてくれた。いずみんの必死の勧誘のおかげで、あの頃のメンバーが全員来てくれたらしい。イベントに行くと言っていた金本くんすら来たらしい。それは凄い。久しぶりにみんなに会いたかった。
その数日後のことだった。
週に一度の休み明け。朝番の勤務を終えて、今日はすんなり帰ろうとしていたら、遅番の桃子ちゃんが思い出したようにこう言った。
「そういえば昨日、崎田さんにお客さんが来ましたよ」
「え、誰? メーカーさん?」
「いえ、お客さんです」
「常連さん?」
「見たことない男の人でしたよ」
全く予想ができない。
わたしを訪ねて来る男の人なんて、元恋人くらいしかいないんじゃ……。でもすっぱりきっぱり別れているし、今更訪ねて来るとも思えない。
「どんな人だった?」
「ええと、背が高くてかっこいい人でした」
「ざっくりしてるねえ……」
「崎田さんは毎週火曜がお休みで、明日は朝から出勤、六時には仕事が終わる予定ですって伝えておきました」
「情報だだ漏れだね」
「あ、あと名刺もらいました」
「名刺あるなら最初に出そうか」
「忘れてて」
エプロンのポケットをあさり、差し出された名刺を受け取った、瞬間。桃子ちゃんが「あ、あの人です」とわたしの背後に目をやるから、名刺を確認する前に、反射的に振り向いた。
そこに立っていたのは、桃子ちゃんが言った通り背が高くてかっこいい男性。
男性はわたしを見下ろしにっこり笑い「久しぶり」と言った。
その人の顔も声も、知っている。でも、ここに、こんな所にいるはずもない人だった。
その笑顔をぼうっと見つめていると、男性は急に焦り出し、わたしのネームプレートを確認して、桃子ちゃんに「この人崎田邑子さんだよね」と聞いた。
「あの、崎田さん。俺のこと憶えてる?」
憶えていないわけがない。
「どうしてここにいるんですか? 店長……」
五年ぶりの店長が、目の前にいた。夢かどうかと疑って、首からネックストラップを使ってぶら下げていたボールペンで、手の甲を刺したら痛かった。夢じゃないみたいだ。
「ちょ、何してんの!」
慌ててわたしの手の甲を擦る温かくて大きくてごつごつした手。この感触も憶えていた。
「店長、何してるんですか?」
「いや、それこっちの台詞だから」
「夢かと思って」
「夢じゃない。現実だから」
「でしょうね。超痛かったです」
「髪は短くなったし、昔より化粧も薄いけど、変わってないね崎田さん」
「そうですか?」
「突飛なところとか」
「突飛ではないですけど」
「休憩中にピアスあけたり」
「休憩中にピアスはあけましたけど」
「ボールペンで手の甲刺したり」
「手の甲は刺しましたけど」
後ろで桃子ちゃんが笑っていた。笑いながらも冷静に「とりあえず今日はもう上がってデートして来てくださいよ」と言う。それを聞いて店長も「じゃあ崎田さん、デートしようか」と笑った。