叶わぬ恋ほど忘れ難い



 ここまで話してようやく車が発進した。シートベルトをして進行方向に目を向けると、違和感を感じて仕方なかった。誰かが運転する車に乗るのは久しぶりだし、店長が運転する車の助手席に乗るのは初めてのことで、なんだか必要以上にそわそわしてしまう。

「俺は、また崎田さんに会えて嬉しいよ。飛び跳ねたいくらい」

「飛び跳ねても良いですが、運転中はやめてくださいね」

「降りたら跳ねるよ」

「三十三歳になったんですよね? 落ち着いてください」

「崎田さんは五つ下だから二十八かぁ」

「現実を突きつけますね」

「あの頃の俺と同じ年になったんだね」

「ですね。あっという間でした」

「懐かしいね、一緒に働いていた頃が」

「はい。本当に……」

 五年前、と。言葉にするとずっと昔のことのように感じる。五年分の記憶のせいで、忘れてしまった出来事も多い。加えて最後の数ヶ月のインパクトが強すぎて、楽しかった日々は大分塗りつぶされてしまった。

 でも店長と再会し、顔を見て声を聞き、手の温かさを感じたら、驚くほど鮮明に記憶が蘇ってきた。目を閉じるとさらに色鮮やかに蘇り、まるで二十三歳の頃に戻ったような気分だった。

「ハンバーグ」

「ハンバーグ?」

「昔、仕事帰りにいずみんとあずみんと、ハンバーグを食べに行こうとしていたら、店長に太るぞーって言われたのを思い出しました」

「あれ、俺そんなこと言った?」

「言いました。まあ深夜だったのでそう言われても仕方ないんですが」

「ごめんごめん、悪気はない」

「分かってます。でも、思い出したらハンバーグ食べたくなりました」

 言うと店長はぷっとふき出して、ウインカーをあげ、駐車場に入っていく。すぐ前に見えるのは、昔あずみんたちとよく来ていたハンバーグレストランの看板。

「そう言うと思って、向かっておいたよ」

 この言葉も五年ぶりだ。わたしの隣にいるのは間違いなく店長だと理解した。

「昔から思ってたんですが、店長って人の心が読めるんですか?」

「読めるわけないじゃん。はい、到着」

 車が停まって、店長がシートベルトを外す。わたしも同じようにシートベルトを外すと、なんだか急に可笑しくなった。時間差で喜びがきた。店長と会えた。五年ぶりに。会いに来てくれた。わたしに。会っている。店長と。これからは同じ県内に店長がいる。この五年間で、一番嬉しい出来事だった。


「店長」

「うん?」

「もしかしてまだカードゲームで遊んでるんですか?」

「やってるよ。地元の店で公認大会もやってたし。ここ五年でデッキも完璧に仕上がったし、もう月島くんにも負けない」

「好きですねぇ」

 シートに沈みながら店長を見ると店長もこちらを向いて、顔を見合わせ、ふたり同時に笑い出した。お腹を抱えて、大爆笑だった。

「お帰りなさい、店長」

「ただいま、崎田さん」

 こんなに大笑いしたのは、五年ぶりだった。

 この笑いに乗せ、今なら言えるかもしれない。五年前は言えなかった、数ヶ月前は伝えることを完全に諦めた、この気持ちを。

 好きだ。この人が好きだ。気持ちを伝えなかったことを後悔しても、この人を好きになったことに後悔はない。そう、言ってしまおう。



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