叶わぬ恋ほど忘れ難い
「店長」
「俺、ずっと前から崎田さんのことが好きだったんだ」
「は、へぇ?」
ずっと前から好きでした、と開きかけていた口が、間抜けな声を発した。店長は「はへぇ」とわたしの言葉を繰り返して笑う。
「やっと好きだって言えたのに、はへぇ」
「や、すみません、だって、そんな、どっきりじゃないですよね?」
「ないない」
「どっきり札とか用意してません?」
「ないない」
試しに後部座席を確認してみたけれど、何も置いてはいなかった。
「だって、店長が、わたしを、えぇっ?」
「好きだよ、六年前、崎田さんが店で働き始めた頃から」
六年前ということは、ピアスホールをあけてもらった時も、卵焼きを強奪された時も、頬をぽんぽん撫でてくれた時も、みんなで市場に行った時も、店のコーナーを作っていた時も、だ。まさかずっと、そんな風に思ってくれていたなんて。
夢じゃないかと疑って、痛みで確かめようとしたけれど、今は首からボールペンをぶら下げていない。代わりに自分の頬に平手打ちをしてみようと右手を上げたら「夢じゃないからやめなさい」と手首を掴まれてしまった。
「店長」
「うん?」
「好きです。大好きです。ずっと伝えたかった」
言うと店長は、掴んでいた手首をぎゅうっと握って眉を下げ、口角を上げた。
「本当に?」
店長が「言うと思った」と言わないのは、なかなかレアかもしれない。
「本当です。やっと言えました」
五年以上も胸に秘め、誰にも明かせなかった気持ちを伝えると、胸がすっとして、身体が軽くなった。ふうっと息を吐いて俯く。気を抜いたら倒れてしまいそうなくらいの脱力感。
気持ちを伝えた、ただそれだけのことなのに。この人への気持ちが、どれだけわたしの心と身体を埋め尽くしていたのかを理解した。
「飛び跳ねたいくらい嬉しい……」
「飛び跳ねて良いですよ。見てますから」
「一緒に飛び跳ねようよ」
「やですよ、ハンバーグ食べに行きましょう」
「崎田さんってそんなにケチだったっけ?」
「多分二十三歳のわたしでも飛び跳ねないと思います」
「そう言われるとそうかも」
手首が解放され、若干不貞腐れた様子の店長が車から降りる。わたしも車から降りてバッグを肩にかける、と。つかつかと店長がこちらに歩いて来て、その勢いのまま、わたしの身体を抱き寄せた。
柔らかくて少し甘い香り。店長がつけている香水の香りを、こんなに近くに感じたのは初めてだった。
店長の腕が肩と腰に回ったから、わたしも店長の背中に腕を回す。いいんだ。もう、好きって言っても。抱き合っても。誰にも咎められないんだ。これは罪なんかじゃないんだ。
幸せすぎて涙が出そうになった、けれど……。
「やったー!」
店長が大声で叫ぶから、出かかっていた涙が引っ込んだ。そしてわたしを抱き締めたままぴょんぴょん跳ねる。持ち上げられるようにわたしの身体も跳ねた。
飲食店だけではなくゲームセンターやカラオケボックス、ボーリング場に囲まれた広い駐車場は、夕飯時のせいで沢山の人が行き交う。そんな中で子どもみたいに飛び跳ねているのはなんだか恥ずかしいけれど、六年越しの片想いが叶ったんだ。今はただ笑って、わたしも飛び跳ねることにした。
(了)