叶わぬ恋ほど忘れ難い
4:もう有り得ないことなのに、
遅番の仕事を終えてスタッフルームに行くと、六時半にあがったはずの店長と、九時半にあがったはずの副店長がいた。仲良くカードゲームに興じていた。
「何してるんですか?」
聞くとふたりはあっけらかんとして「デュエルしてる」と答えた。遅番スタッフ三人で、顔を見合わせ苦笑い。
「いやせっかく定時であがれたんだから帰りましょうよ。ふたりともまだ新婚なんですから」
「オレの奥さんクラス会で留守。連絡入ったら駅まで迎えに行くことになってるから」
そう言う副店長は良い。問題は退勤から六時間、ずっとここにいた店長だ。結婚して一年も経っていないのに、奥さんは店長の転勤に付き添い、こんな見知らぬ土地に来た。頼れる人は店長しかいないはずだ。なのに旦那は職場でカードゲーム。
「帰ったほうがいいですよ。もう日付が変わってる」
「そんなことより崎田さんも一緒に遊ぼう。もう月島くんとデュエルするの飽きちゃったよ」
「誘ったのは佐原店長なのにひどい言われ様ですね」
「ほらほら、三人ともデッキ出して」
もう一度遅番三人で顔を見合わせ、今度はため息をついた。
遅番専門の田中さんは彼女と深夜デートのためさっさと帰って行った。副店長の月島さんも奥さんから連絡があって、デレデレしながらスタッフルームを後にした。残ったのは店長とベテランスタッフの武田さんとわたし。三人で変わりばんこに対戦し、カードゲーム初心者のわたしにすらぼろ負けした武田さんが罰ゲームでコンビニに買い出しに行くことになった。
現在、深夜のスタッフルームには店長とわたしのふたりきり。
嬉しいけれど、素直に喜ぶことができない。店長の奥さんは、今家に一人きりだ。
「店長、いい加減帰ったほうがいいですよ。今何時か知ってます?」
「二時だね」
「せっかく六時半にあがったのに」
「帰りたくない日ってあるじゃん? 今日がその日」
「わりといつも残ってますけど」
「うん、わりといつも帰りたくない」
わりと返答しづらい内容だった。店長と奥さんの間に何かあったなら、それに付け込むチャンスだ。でも、家に一人でいる奥さんのことを考えたら、そうするべきではない。いや、そもそもそんなことをしてはいけない。
「崎田さんは子ども好き?」
カードをケースにしまいながら店長が言った。
「はい、好きですよ」
「結婚したら子ども欲しいって思う?」
「そりゃあ欲しいですよ」
「だよなぁ……」
その口ぶりから、店長と奥さんが子どものことで何かあったのだと察した。
「うちの嫁さん、子どもは絶対いらないんだってさ。うるさいし汚いし、時間も金もかかるって」
「そうなんですか……」
「子どもなんてだーいきらい! って怒鳴ってばっか」
「へぇ……」
どう返答するべきか頭の中で必死に考えたけれど、どれが最良なのか、結論は出なかった。
「そんで喧嘩中。結果、スタッフルームでデュエルしてる。お互い頭冷やさないとな」
「ですね……」
ああ、失敗した。あんまり帰れ帰れと言わなければ良かった。夫婦には夫婦の問題がある。それを解決できるのは当人たちだけ。喧嘩も仲直りも当人たちのタイミングがあるのだ。わたしの知らない、タイミングが……。