叶わぬ恋ほど忘れ難い
「崎田さんの理想は?」
「え?」
「理想の結婚生活」
自己嫌悪の最中、店長がそう切り出した。変なことを言ってしまわないように注意しながら、ぽつりぽつり、ゆっくりと話し出す。
「結婚して一、二年は、夫婦で過ごしたいです。朝昼晩色んな料理を作って、たまに旦那さんに作ってもらって……」
「うん」
「家事は分担したいですが、できなくてもいいんです。家事は好きですし」
「ゴミ出しだけでも?」
「それでも嬉しいです。ゴミが大量にあったら大変ですし」
「うん」
「子どもはふたり欲しいです。男の子と女の子」
「うん」
「活発で、礼儀正しい子に育てたいです」
「うん」
「悪さをしたらパパが叱って、わたしが慰め役。でも普段は優しいパパとママで」
「しつけは大事だしね」
「男の子には野球かサッカーを習わせたいです。それか」
「バレー?」
「そう、バレー。バレー熱いです」
「言うと思った」
「ふふ。それで女の子にはピアノ」
「崎田さんも習ってたしね」
「はい、実家にあるピアノが勿体ないですし」
「女の子らしい習い事がいいな」
「ですね。習字とか」
「日舞とか」
「お花とか」
「あ、いいねぇ、フラワーアレンジメントっていうの? 女の子らしくて」
「庭でお花育てて」
「庭付きならキャッチボールしたいな」
「憧れですね。ありきたりですが」
話が尽きない。店長とはこの数ヶ月色々な話をしてきて、ずっと前から気付いていた。この人とわたしは、話が合う。こんなに話が合う人と出会ったのは初めてで、何度でもこう思う。出会うのが少し遅かっただけ。あと二年、いや一年早く出会っていれば、わたしはこの人と夫婦になれたかもしれない。仲の良い夫婦に……。もう有り得ないことなのに、そう思わずにはいられない。
気持ちが溢れてしまいそうだったけれど、ちょうど武田さんが「楽しそうですねぇ」と大きなコンビニ袋を持って戻って来たから、寸でで堪えることができた。