叶わぬ恋ほど忘れ難い
市場は夜明け前とは思えないくらい賑わっていた。
獲れたての魚貝類が所狭しと並べられている。実家からだとここまで三十分もかからないのに初めて来た。こういう所があるということも知らなかった。店長の車の後部座席では武田さんの肩にもたれかかってうとうとしていたというのに一瞬で目が覚め、武田さんとふたりで感嘆の声をあげた。
到着してすぐ、店長は奥さんに腕を引かれてカニを探しに行ったから、わたしは武田さんとふたりきり。とりあえず入口から順番に見て回ることにした。
「そういえば千葉さんがどこかにいるらしいよ」
立派なマグロを覗き込みながら武田さんが言う。
「千葉さんて、絵里子さんですか?」
「そう、実家が魚屋さんなんだって」
「へえ、知らなかった。じゃあ店長は絵里子さんに市場のこと聞いたんですかね」
「そうらしいよ。朝番のとき新鮮な魚が食べたいってもらしたら、紹介してもらったらしい」
「満喫してますねえ。県民のわたしよりこっちに詳しくなってるかも」
「同感。オレ市場初めて来たし」
「わたしもですよ」
顔を上げると、通路の先に店長と奥さんが見えた。腕を組みながら、腰を少し追ってカニを覗き込んでいる。
どこからどう見てもお似合いの夫婦。例えば今奥さんが立っている場所に、わたしが立っていたらどうだろう。想像してみたけれど、似合わな過ぎてすぐやめた。
「お似合いだよね」
隣で武田さんが言った。
「ですね」
わたしもすぐに同調する。
「崎田さんは? 良い人いないの?」
そして武田さんは、悪意も含みも何もなく、そんな質問をした。
「いないですよ。どうせ暇です」
「ごめんて。もう何回も謝ったでしょー」
「すみません、気にしてませんよ。帰りの車中でも肩貸してくれたらもう言いません」
「えー、あれ地味にきついのに」
気にはしていない。この恋心を捨て去らない限り、いつまで経ってもわたしは暇人。そりゃあいつかは恋人ができるかもしれない。でも店長ほど話が合う相手とは出会える気がしない。
だからいくつも妥協して、そこそこの相手と、そこそこの結婚生活を送るのだろう。それも想像してみたけれど、上手くできなくてすぐやめた。
「崎田さんの性格なら、すぐに良い人できそうだけどね」
「だといいですけど……」
苦笑すると、視界の隅に見覚えのある人物が映った。絵里子さんだ。絵里子さんもわたしたちに気付いて、驚いた顔で手を上げる。だから雑談も想像もやめにして、ふたりで人ごみを掻き分けた。
もうひとつ、ピアスをあけたくなった。