恋は人を変えるという(短編集)
鼻で笑いながらコップに注いだ豆乳を飲むと、春樹は「んー」と気の抜けた返事をして、ダイニングテーブルを指さした。テーブルの上にはおせんべいとラスクが置いてある。
「なにこれ」
「山形行って来たから。土産」
「なんで山形?」
「彼女の実家に挨拶行って来た」
「は……?」
「今年中に結婚するから」
冗談だと思った。あの春樹が結婚だなんて。お兄ちゃんと春樹とわたし。浮いた話なんて皆無で、うちの両親にも春樹の両親にも「孫の顔なんて当分見れないなあ」と諦められていたのに。まさかこんなに呆気なく春樹が一抜けするとは。全く笑えない冗談だと思ったけど、わたし相手にそんなことを言うタイプじゃないから、本当の話なんだろう。
「じゃあ結局、わたしとお兄ちゃんの最下位争いなわけね」
わたしに負けず劣らず、お兄ちゃんもモテない。一重まぶた一族で唯一奥二重に生まれたのに、無口と無表情が足を引っ張っている。春樹には負けたけれど、お兄ちゃんにだけは負けない自信がある。
「あれ、聞いてない?」
「なにを?」
「柊くん、半同棲してる彼女いる」
「は、なにそれ、聞いてない!」
「柊くん無口だからな」
それも冗談なんじゃないかと思った。どうしてわたしの恋は叶わないのに、春樹にもお兄ちゃんにも彼女ができるんだ。わたしならふたりみたいにもっさりして人相悪くて愛想のない男なんて選ばない。一緒に歩くことすら耐えられない。
「物好きな女もいるんだ……」
呟くと春樹はゆっくりと立ち上がって、テーブルに置いてあったスマホと車の鍵を手に取り、こう言った。
「おまえがモテないのはその性格のせいだっていい加減気付け」
「は?」
「見た目ばっかり気にして中身を見ようとしない。知ろうともしない。だから物好きな女なんて言葉が出てくるんだろ」
「だってほんとのことじゃん! 春樹みたいにもっさりしてて目つきも悪くて愛想のないやつを好きになるなんて!」
「間違ってもそんなこと他のやつに言うなよ。男どころか友だちなくすぞ」
昔からのことだけれど、春樹のこの態度には腹が立って仕方ない。わたしがいくら声を張り上げても、いつだって春樹は冷静。そのきついつり目をわたしに向ける。まるで見下されているようで、心を落ち着けることができない。
「俺からしたら、おまえと付き合おうっていうその男のほうが物好きに見えるけどな」
「遼太さんのこと悪く言わないでよ!」
「悪く言うつもりはないけど、部屋の掃除もできない、料理もしない、休日は買い物三昧、化粧で顔を作り変えてるくせに人の顔を悪く言う。そんなおまえがよく付き合う寸前まで持っていったな」
「あ……」
春樹の言葉にはっとした。遼太さんに会うことが楽し過ぎて、つい浮かれていた。付き合うということはデートをするだけじゃない。いつかはわたしの素顔を見せなきゃいけないし、家事ができないということもバレてしまう。その時遼太さんは、今まで通り接してくれるのだろうか。
返す言葉が見つからずに黙っていると、春樹は追い打ちをかけることなくすたすたと出て行った。わたしは豆乳が入ったコップを右手に持ったまま、しばらく動くことができなかった。