恋は人を変えるという(短編集)
どうしても遼太さんに会いたくて、開店より一時間も早く駅に降り立った。開店まで店員さんに目を付けられない程度に、駅の横のコンビニにいてもいい。すぐ入れるようバーのドアの前にいてもいい。一刻も早く遼太さんの顔を見て癒されたかった。
どの雑誌を読もうかなと選んでいると、見覚えのある男性が視界の隅に映って顔を上げる。遼太さんだった。まさか店の外で会えるなんて。手に取ったばかりの雑誌を棚に戻し、急いで後を追おうとした、が。遼太さんがコンビニの前で足を止め、寂しそうな顔で駅の方を見つめたから、一瞬躊躇ってしまった。
駅に何かあるのだろうか。それとも誰かを待っているのだろうか。
なんにせよ店の外で会えたんだ。話しかけるしかない。小走りでコンビニを出て、遼太さんの背中を叩いた。勢い良く振り返った遼太さんの表情は、見たことがないくらい輝いていたけれど、それがわたしだと分かると、すぐに見慣れた笑顔に戻った。
「小雪ちゃん、こんにちは」
「あ、こんにちは……。外で会うの、初めてですね」
「そうだね。店に来てくれたの?」
「はい、今日はどうしても飲みたくて」
「まだ一時間もあるけどね」
いつも通りの笑顔。だけどさっきの寂しそうな表情が気になる。思い切って「何かあったんですか?」と聞いてみると、遼太さんは「何もないよ」と苦笑いで答えた。これが嘘だということはわたしにも分かる。
「わたしで良ければ話聞きますよ」
せっかく会えたのだから、少しでも遼太さんのことを知りたい。春樹の言う通り、わたしはこの人のことを何にも知らないから、何でもいい、バーテンダーでない時の遼太さんが知りたかった。話してくれたら、バレンタインデーに告白する勇気が湧いてくるかもしれない。
そう、思ったのに。
「すごく私的なことだよ?」
「大丈夫ですよ。わたしもそこそこの人生経験がありますから、アドバイスできるかもしれませんし!」
苦笑いの遼太さんは頬を掻いて、ふうと息を吐き、実はね、と切り出した。
「気になる娘がいてさ」
「え?」
「先月一度だけ店に来た娘で。会いたいんだけど、名前も連絡先も知らないっていう情けない状態」
この内容は想像していなかった。遼太さんのことが知りたかった。だけど知りたかったのはこんなことではない。
「普段はお客さんが気になるなんてないんだけどね。どうしても気になって、コンビニ来る度駅を見て」
二十八にもなってかっこ悪いな、と遼太さんは笑ったけれど、わたしは全く笑えなかった。好きな人に、好きな人がいるなんて。これじゃあ告白したってオーケーしてもらえるはずがない。
どうしてこんなことに。わたしと同じバーの客。その人は先月一度来ただけ。わたしは丸二ヶ月も通っているのに。どうして遼太さんは、わたしを好きになってくれなかったのだろう。