恋は人を変えるという(短編集)
「その人の、どこを好きになったんですか……?」
「んー、その娘の笑顔が見たくてあんなに必死に喋ったのが、初めてだったからかな」
「他のお客さんとは、必死に喋ってないってことですか?」
嫌な質問だったな、と気付いたのは口に出してからだった。それでも遼太さんは嫌な顔ひとつしないで答えてくれる。
「バーテンと話すことを目的に来ている人が大勢いるってわけじゃないからね。必至に喋るっていうより、その人が望んでいる雰囲気の話をするって感じかな。だから適当に話してるってわけじゃないよ」
「わたしとは、どうだったんですか?」
「小雪ちゃんはいつもにぎやかに喋ってくれるから。楽しく聞いているよ」
「わたし、どんな話してました?」
「んー、服の話とか恋愛の話とか仕事の話とかかな」
服や恋愛や仕事の話。遼太さんは本当に楽しく聞いてくれていたのだろうか。遼太さんと話すときは浮かれてしまって、内容は憶えていないけれど、恋愛や仕事の話は十中八九愚痴だろう。服の話はわたしの好みのファッションや最近買ったものについて。そんな話をひたすらされて楽しいだなんて。わたしが遼太さんの立場なら、飽き飽きしてため息をついてしまうだろう。
ふ、と。春樹の言葉を思い出した。見た目ばっか気にしてると失敗する。そうか、わたしは失敗したんだ。見た目にこだわって、自分のことばかりで、遼太さんの気持ちなんて考えもせずに……。
深く息を吸い込み、遼太さんを見てから頭を下げる。
「ごめんなさい、やっぱりわたしじゃあアドバイスできないみたいです」
「大丈夫。ごめんね、変な話しちゃって」
それでも遼太さんは優しい。失敗したんだと、忘れてしまうくらいに……。
「あの、質問してもいいですか?」
「うん、なに?」
「遼太さんの趣味はなんですか?」
「趣味かあ。そうだなあ、ありきたりだけど映画観たり読書したり。スポーツ見るのも好きだよ」
「夏に、海とか行ったりしますか?」
「うーん、成人してからは行ってないなあ。六月生まれなのに暑いの苦手で」
「じゃあ冬に山ですか?」
「山も高校の時にスキー教室で行ったくらいだよ」
「デートで行ったりしないんですね」
「わりとインドア派だからね」
「それならデートはどこに行くんですか?」
「基本的には部屋でのんびりしたいかな。手料理食べたりDVD観たり」
「付き合っている人が、料理も掃除も洗濯もできない人だったらどうします?」
「うーん、俺ができることはサポートするけど、できれば覚えてほしいかな」
「遼太さんが気になっているっていうその人が、何もできない人だったら?」
「あはは、どうだろうね。家事はちゃんとしてるっぽかったけど、二度と会えないかもしれないし」
「その人が、新し物好きで服や靴やバッグやアクセサリーを毎週新調していたら?」
「流行に敏感なのは良いことだと思うけどね」
「ですよね。時代遅れの服は恰好悪いですからね」
「でも似合っていれば、たとえ何年も前に買った服でもいいって思うよ」
「え?」
「むしろ物を大事に使っているってことだし、俺は好きだな」