恋は人を変えるという(短編集)
部員を見つけることも、むしろ誰かに声をかけることもできないまま週が明けた。
自分から進んで声をかけられないなら、と、週末を使って部員募集のポスターを作った。どんなものを作っているのか、いつどこで活動しているのかを箇条書きにしたものだ。
それを校内の何か所かに貼って回った。すでに他の部の勧誘ポスターや、交通安全のポスター、行事の予定表などが貼ってあるから、それの邪魔にならないよう、でも掲示板からはみ出てしまわないよう注意した。
これを見た誰かが入部してくれたら、わたしが不特定多数の人に声をかけて回らなくても済むだろう。
でも現実はそんなに甘くなかった。
数日もするとそれは他のポスターに覆われ、ほとんど見えなくなってしまった。それを避けて貼り直すのも申し訳ない。でもこれが隠れてしまったら勧誘にならない。
掲示板の前に立ち、どうしようか迷っていたら、背後から突然「中谷さん中谷さん」と誰かに声をかけられ、慌てて振り返る。
そこにいたのは崎田さんと吉野くんだった。ふたりともこれから部室に行くのか、吉野くんはギターが入っていると思われる黒いケースを肩にかけていた。
「手芸部のポスター、見えなくなっちゃってるよ」と崎田さん。
「え、あ、あ、うん……」
「貼り直さないの?」と吉野くん。
「ああ、うん……そう、なんだ、けど、ね……」
勇気を出して、迷っている旨を、たどたどしく、ゆっくりと伝えると、ふたりは顔を見合わせ「そうだねえ」と言った。
「手芸部、部員足りないの?」崎田さんが言って、わたしは素直に頷いた。
「先輩たち引退したばっかだもんな」吉野くんが言って、わたしはもう一度静かに頷いた。
「ねえ、思ったんだけどさ、中谷さん。このポスター、もうちょっと目立つように描き直してみたら?」
「え?」
「ちょっと地味だしな」
ふたりが言っていることはもっともだ。他のポスターはカラフルで、絵や写真が載せてあって、遠目からでもよく目立つ。一方わたしが書いたポスターは黒一色。文字ばかりで、これを読もうと思って近付かなければ目を引かないだろう。
「あ、で、でも……わたしこういうの、上手く描けないし……」
問題点はそこだった。
戸惑いがちにそう言うと、崎田さんは優しい顔でにこっと笑って……。
「じゃあさ、協力させてよ」
「え?」
「わたしこういうの作るの好きなんだ。部誌のデザインもしたし。吉野くんも自主制作したCDのジャケット作ったから得意だよ。ね」
「いや、ジャケット作ったのは樋口」
「いくつかの案の中から選んだのは吉野くんって聞いたけど?」
「まあ、選ぶくらいはできるよ」
ヒグチ、というのが誰なのか分からないけれど、きっと吉野くんとバンドを組んでいるひとだろう。
そしてこれは、予想外の提案だった。まさかほとんど接点のなかったクラスメイトたちが、何の関係もない手芸部のために協力してくれるなんて。
申し訳ないとは思った。でも部員を増やさなければ廃部という危機的状況で、わたしは上手く勧誘ができない。ポスターも地味で目を引かない。ふたりは手伝ってくれるという。だったら、頼ってしまってもいいだろうか。
わたしは控えめに、申し訳ない気持ちを出しながら頷き、静かに頭を下げた。